2005年11月 : 異常な日々の異常な雑記 QLOOKアクセス解析 アクセスランキング

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ダニエル・キイス「アルジャーノンに花束を」

[ 2005/11/22 ]
短編のほうがエッセンスが凝縮されていて良い、という話は聞いていたが、長編のほうを読んだ。
ドラマや映画にもなっていて、それらも見てはいないが、12、3年くらい前からずっと心に引っかかったまま放置していた。
別に敬遠していたわけではなく、他にもそういう本はたくさんあって、たまたま読む機会がなかっただけの話だ。

文庫版の裏表紙に「現代の聖書」
帯には20ヶ国以上で翻訳され、700万部のベストセラー、とある。
聖書かどうかはともかくとして、これがいろいろな意味で意義深い作品であることに違いはない。

たしかにストーリーには冗長な部分や予定調和的な部分があったけれど、この作品が持っている本質的な意味での輝きは損なわれてはいないと思う。
お涙頂戴としても立派な作品。
ええ、泣きましたとも。

SFというジャンルを超えてしまって、もうこの作品がSFであるという認識を持っている人はあまり多くないだろうけれど、これはSF作品だ。
SFではよく、SF的小道具やSF的シチュエーションがもたらされたことによって、認識が変容していく様をシミュレーション的に描いた傑作が多々ある。
それがSFの醍醐味だったりするわけで、願望がかなえられた先に私達がどんな変化をするかを描いた作品は知的で面白い。

この作品は小道具やシチュエーションが変化したことによってもたらされる認識の変容を描いた作品ではなく、認識の変容によって、世界がどのように変容して見えるかを描いた作品だ。
赤子から始まって老人にいたる、人生の認識の階梯を数ヶ月で一気に駆け抜ける展開は切ない。
それが地の文となって、「経過報告」という形で綴られる一人称の心象風景は素晴らしかった。

今となっては同種のテーマを扱った作品がいくらかあるので、色あせてしまった感は拭い得ないけれども、このテーマを掘り起こした功績は大きいだろう。


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[ 2005/11/22 ] SF・ライトノベル | TB(0) | CM(-)

大塚英志×ササキバラ・ゴウ「教養としてのまんが・アニメ」

[ 2005/11/19 ]

二部構成。
大塚英志が担当するマンガ部分はマンガの「記号絵」がその発生時期から現在までの身体性を獲得していく過程をきわめて啓蒙的に語っている。
取り上げた作家が手塚治虫、梶原一騎、萩尾望都、吾妻ひでお、岡崎京子の五人に絞られており、教養としての、というよりは教養小説、ビルドゥングス・ロマンとしてのマンガ史に絞られている。
マンガ表現の革新、後への影響ということで考えれば「教養」として加えるに、他の選択肢もあったはずだ。

的確な分析と着眼点はよかったけれど、期待していたものとは違った。
そのテーマに沿ったものとしては充分に面白かったからいいけれど、ちょっと肩透かしを食った感は否めないなあ。

ササキバラ・ゴウが担当したアニメ部分は、アニメ表現の発達史と作家論が包括的に語られており、ページ数の都合上、やや言葉足らずながらも、期待したものが読めた。
押井守を削ったのは意図的なものだろうか。

アニメは、製作体制がそもそも、原作ありきのものが多く、携わるスタッフも多いので、どうしても作家論で語りにくい部分がある。
この本では文化的背景は充分に論じられていたけれど、技法的な部分は出崎統の項で詳述されていたくらいで、いささか物足りなさを感じた。
まあ、絵もかけない私にはそのほうが面白く読めたりするんだけど。

とりあえず、岡崎京子はもちっと読まなきゃいけないってことを改めて確認させられた。
岡崎京子的な価値がどれほど有効なのか、今の私にはまだわからないけれど。


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[ 2005/11/19 ] マンガ | TB(0) | CM(-)

ベルンハルト・シュリンク「朗読者」

[ 2005/11/17 ]

異色の恋愛譚にナチの強制収容所犯罪の問い直しをからめた物語。

登場人物の細やかな心の動き、挙措の描写の巧みさはさることながら、序盤に巡らされた伏線がうまい。
中盤以降、この伏線が次々と意味をもたげて、淡々とした語り口からナチという暗部が抉り出されてくる。

どんな問題にせよ総括は重要だけれども、当時の国民のほとんどがナチの協力者だったという状況で、父や母を「人道の敵」として断罪することの是非が論じられるのはまだ先のことだろう。
この種の贖罪意識の答えがいったいどこに向かうのか。
この作品では作劇のうまさで答えを見事にそらしているように思えるが、いずれ別の形でさらなる問い直しが迫られるはずだ。

5年ほど前にベストセラーになったが、各所で「感動した」「泣いた」という声を聞いた。
啓蒙のドラマとしては一級品だと思う。
啓蒙はドラマになりやすい。
だが、啓蒙の背後にあるものを、多少なりとも知る者としては提示されたテーマの重さを感じつつも、素直に感動はできなかったなあ。
いい話ではあったけど。

政治的なテーマがからむと、どうしても背後の思想や意図を感じずにはいられないからしょうがないかな。


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[ 2005/11/17 ] 古典・純文学 | TB(0) | CM(-)
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