2006年04月 : 異常な日々の異常な雑記 QLOOKアクセス解析 アクセスランキング

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日渡早紀「ぼくの地球を守って」

[ 2006/04/28 ]

浅いところだけ読んでいればいくらでもケチをつけることはできる。
設定のトンデモさ、よく泣く登場人物たちの底の浅さと類型的な心理描写、作画センスのダメダメ加減などなど。
だが、そういうダメダメなところをモチーフや足場にして語られるテーマはそれなりに普遍性を備えたものであり、作品を貫く底流は侮れないものがある。


かつて「ムー」などのオカルト雑誌の投稿欄に、その筋の少女達が「転生した同士」を集める、という現象が多々みられたらしい。
この作品ではそのエピソードをモデルにしたことで「転生少女」達を一悶着あったそうだが、その種の「大海を見てしまった井の中の蛙」的な少女達の現実逃避した琴線にひっかかるものあったのだろうが、それが何なのかを考えながら読んでいた。

前世ネタのいかがわしさと求心力は重要だが、今さら確認するつもりもない。
記憶の異物というモチーフに自我崩壊の快感と心理学ブームの前衛としての魅力があったことも重要だが、それと共に、不用意に「心」を解き明かしてみせようとするアカデミックな心理学に対抗する手段としての魅力もあったのだろうか。

な~んてことも考えたけれど、結局、その種の現実逃避に無縁な私には理解できる範疇のことではないな。


ただ、実際に「ムー」に投稿した人間でなくても、底辺としてこの作品を支えた人たちの多さは目を見張るものがある。
誰の心にもそういった「イタイ」ものは潜んでいるわけで、それを慰撫する、あるいは鼓舞する力としてのモチーフの特異な魅力をつくりあげた手腕は評価しなければならないのかな、と感じた。


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[ 2006/04/28 ] マンガ | TB(0) | CM(-)

テリー・ジョージ『ホテル・ルワンダ』

[ 2006/04/25 ]

実話をもとにした映画。
100万人に登るとされる大量虐殺を生んだルワンダの内乱において、国連の治安維持軍からすら見捨てられ、巨大で絶望的な暴力の中、人々を救おうと奮闘する一人のホテルマンの話。

非常によくできたプロパガンダ映画で、これを観て何も感じない、という人は人間としてどこかが麻痺しているな、と思うくらいよくつくられている。
ほんの10年前の実話をもとにした強みで、あらゆる瞬間におとずれる死の描写は、こちらの目と想像力をひきつけて開放させてくれない拘束力を持つ。

特に印象に残った言葉として、国連軍の指揮官が「君達はニガーですらない」と言ったものが心に突き刺さる。
どんなに差別されようと、ニガーであるならば白人国家の構成員として保護されるれども、アフリカの黒人は保護の対象にはならない…。

アフリカの悲劇はシエラレオネ、スーダン、エチオピア、エリトリア、リベリアなど、他にも紛争、内乱の多発する地域であるにも関わらず、その状況を国際世論に訴える術が限られていることだ。
紛争の種である兵器をばらまき、民族を選別し、「近代主義」を持ち込んだのは白人であるが、国連だの平和維持活動だの、崇高な理想をつくっておきながら、最後には見捨てる。

世界に悲劇はいくらでもあるものだが、こうした形でつきつけられなければ、一般人は問題を認識することは難しい。

彼らの悲劇を終わらせる術は今のところないけれど、このような映画がようやっとつくられたことは、希望への一歩かもしれないな。


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[ 2006/04/25 ] 映画 | TB(0) | CM(-)

村山由佳「天使の卵」

[ 2006/04/23 ]

うらやましい。
筋立て、人物造形、テーマなど、真新しいものは何もなくて、奇をてらったところも何もないのだけれど、みずみずしい感性に心を打たれる。
こんな視点を持ってみたいよ。

難癖つけようと思えばいくらでもつけられるが、そういうことをしたくなくさせるだけの力がある。
女性作家でありながら、青年前期のあいまいな情動をリアルに描けた、という一点だけでも評価したくなるけれども、それ以上に細部を際立たせる優しい視線を意識せずにいられない。

ただ、どうしても注文つけたくなるのは、夏姫の描写不足。
続編は彼女に焦点をあてた物語だそうだが、少ない出番で見せた彼女の可憐さ、強さ、優しさを、あるいはまだ見ぬ彼女の魅力を見せてくれるのだろうか。

現代作家の恋愛小説はあまり読まない方なので、どうしても比較対象に「セカチュー」が入ってくるのだが、あんなもんが爆発的に売れるくらいなら、なんでこれが!と思わずにいられない。

「みずみずしい感性」でふと思いついたが、絵国香織や吉本ばななを読み返す必要があるかもしれないな、と感じた。
でも彼女らの小説にあふれる感性って少女マンガで代替が利いてしまうんだよなあ。
そこらへんの距離感の違いがよく整理できない。
散文的なリリカルと詩的なリリカルの違いだろうか。


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[ 2006/04/23 ] 娯楽小説 | TB(0) | CM(-)
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