2007年08月 : 異常な日々の異常な雑記 QLOOKアクセス解析 アクセスランキング

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『東京大学物語』(江川達也)

[ 2007/08/31 ]

昨年、原作者江川達也が自ら監督した映画版。
製作はアダルトビデオメーカーのソフトオンデマンドで、公開時にはR15指定がついていた。
思いっきり、色ものかと思いきや、それなりにまじめに作られているのに驚いた。
役者の演技がうまいか、というと微妙だが……。

スピリッツでやっていた当時はリアルタイムで読んでいて、特に中盤まではわりと好きだった。
江川達也という人は小林よりのりと同じく、自分の思想をエンターテインメントに仕立てて作品化することで人気を得ている作家だが、その傾向が強くなったのはこの作品からだと思う。
まだ『Be Free』の頃は目新しさも手伝って、面白く読めたのだが、自身の描く理想を理屈で補強するたびに、その作品世界の魅力は激減していった。

この映画版では、原作の前半最大のクライマックスである雪山の遭難事件あたりまでを水野遥視点で映像化したものだが、原作者が監督をしているということもあって、原作を知っているものならば、ニヤリとさせられるシーンがいくつもでてくる。
ただ、作品と作者を好意的に見ている人ならば楽しめるだろうが、それ以外の人は濡れ場をどう鑑賞するか、という楽しみしかない作品。


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[ 2007/08/31 ] 映画 | TB(1) | CM(-)

『わにとかげぎす』(古谷実)

[ 2007/08/30 ]

『ヒミズ』以降、ギャグから離れてしまい、人間の暗黒部分を探る作品を立て続けに発表してきた作者の最新作。
孤独な夜間警備員が自分を変えようと奮起する作品。
今作ではややギャグへの回帰が見られた。

『ヒミズ』は2000年代初頭を代表する稀有な傑作だったと思うが、『シガテラ』はやや消化不良な印象が強く、見えてくる景色が不鮮明なままに終わった感が強かった。
この作品も30代の警備員を主人公にしつつも基本フォーマット自体は変わっていないように思う。
主人公を好きになる女性も若くて巨乳でかわいい、というラインははずしていない。
『罪と罰』の昔から定番といえば定番なんだけど、最近は、『め~てるの気持ち』とか、『NHKにようこそ』とか、そういう傾向の作品が頻繁に見られるようになったと思う。
だめ女がいい男に救われる作品もあるんだけど、どうも文芸的な評価は受けないな、そういえば。

でまあ、この作品はそこまでどん底でもない主人公だったし、物語の中盤で得たささやかな幸福の意味と、ラストまでつきることのない、危機の予兆のバランスに読み手がどこまで入れるか、というのが肝なわけだが、やはり『ヒミズ』クラスの作品のあとでは、もう、これに満足することはできなくなってしまう。
単純にストーリーテラーとしての腕前は素晴らしいんだけど、そろそろ趣向を変えて欲しい。
これでもそこそこ楽しめたから、文句を言っちゃあいかんのかもしれんがなあ。


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[ 2007/08/30 ] マンガ | TB(0) | CM(-)

『ブッダ 神々との対話』(中村元 訳)

[ 2007/08/29 ]

原題は「サンユッタ・ニカーヤ1」
これまた最古層に位置する文献が収録されている、と言われている仏典。

ここで言う「神々」というのがどういう存在なのか、いまいち要領をえない説明で、よくわからないのだが、とにかく、神々とされている存在たちと、釈迦との対話が収められている。

これまでに読んできた仏典は、わりと抽象的かつ根源的な言説が多かったのだが、この書では「神々」が発する様々な問題提起に対して、臨機応変的な対応を見せる釈迦が描かれている。
そのため、明らかに仏教本来の言説と矛盾するような発言がいくつか散見して、戸惑いを禁じえなかった。
俗流道徳と変わらない話がいくつも出てくるし、釈迦自らが輪廻転生を説いているとも思わなかった。
もちろん、これは便宜的なものでしかないのだろうけれど、表層を解釈しているだけでは、誤解を生むと思う。
あるいは、これゆえに、仏教は哲学と宗教、両方の側面を持つにいたったのかもしれない。
現役の仏教者と話していると、仏教の論理的側面よりも、儀礼的、様式的側面に重きを置く言説の人が多いし。

仏教が様々な宗派に分かれ、しかもその教えが部外者にいまいちわかりづらい遠因はここにこそあるのだろう。
キリスト教なんかはとりあえず聖書を読めば、すんなりわかるけれども、仏教はこうはいかない。
もちろん、キリスト教とて様々な宗派があるけれど、哲学的な側面は希薄だから、宗派の違いは聖書内の事物の優先順位の違いでしかない。(あくまで私の理解だけれど)
セム系宗教なんてのは極端な話、善行という名の不良債権の回収マニュアルだもんなあ。

仏教にももちろん、そういう側面はあるんだけれども、その「向こう側」にあるものが見たくて読み進めている身としては、その「向こう側」が見えづらくて、ちといらいらする。
スッタニパータではたしかに「向こう側」を説いていたのに。


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[ 2007/08/29 ] 書籍 | TB(0) | CM(-)
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