2014年04月 : 異常な日々の異常な雑記 QLOOKアクセス解析 アクセスランキング

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Elastica『Connection』を聴こう

[ 2014/04/30 ]
ブリット・ポップムーヴメントにおいて最大のアイドルだったジャスティーンを擁するエラスティカの'95年のファーストアルバム収録曲。



そう言えばブリット・ポップバンドを取り上げるのは初めてですね。
その周辺にいたレディオヘッドやマニックスは取り上げていたのに。
私が洋楽を聴き始めた頃はブリット・ポップ全盛期でしたが、周囲の友人はHR/HMかメロコアかテクノかヒップ・ホップかJ-POP、私自身はいろいろ聴いてはいるけどプログレがメインって感じで、それほどどっぷり浸かっていたわけでもなかったりするんで。
ただ、深夜にやっていた洋楽番組『Beat UK』を見てたらやっぱりブリット・ポップがガンガン鳴っていたんで、その影響で好きになったバンドはいくつかあります。
エラスティカもそんなバンドのひとつ。

スウェードのブレット・アンダーソン、ブラーのデーモン・アルバーンらとの華麗なる交際遍歴、オアシスのリアム・ギャラガーにも交際を迫られていた、とかいうジャスティーンのゴシップ話はわりと後年になってから知ったんですが、当時は単純にかっこいいな、と思って聴いていました。
歯切れのよいサウンドセンスと女性ヴォーカルのパンクがすごく鮮烈に映ったんですよね。ドヤ顔クールな装いを見せつつもサブカル的な嫌味を感じさせないポップ感覚も魅力的でした。
ずっと追っかけよう、とか思っていたんだけど、セカンドアルバムは待てど暮らせど全然リリースされず、5年後の2000年にようやく出た時にはすっかり忘れ去っていました。
それでも後から気づいて聴いてみましたが、やっぱり往年の輝きは見当たらず…。
結局そのまま解散したんだけど、でも、やっぱり今聞いてもファーストアルバムは佳曲揃いの名作で、徒花として忘れ去られるにはもったいなさすぎるバンドです。

ちなみにこの曲はやはり当時深夜に放送していたCX系の音楽対談番組『TK MUSIC CLAMP』のアイキャッチBGMとしても使用されていました。

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[ 2014/04/30 ] 音楽 | TB(0) | CM(-)

9条堅持のリアリズムとリアルとファンタジー

[ 2014/04/29 ]
目下、日本の安全保障上の仮想敵国というのは北朝鮮と中国である。
この二国に備える必要上から、憲法を改正して軍備を整えよう、というのはそれなりに説得力のある主張である。
そうした中で、護憲論者の主張は「お花畑」にしか見えない、という批判はよく目にする。
では、それでも9条を堅持したままで安全保障のリアリズムを確立するとしたら、どのような理路がありえるか。

それは対外工作の充実しかないだろう。
他国の内政不安はすなわち自国の安全である。
北朝鮮に対してなら金正恩の暗殺、あるいは軍幹部を買収し、離間工作をするのでもいい。
中国に対してなら各軍閥に中央政府から離反し、中華人民共和国から独立するように働きかける。あるいはチベットやウイグルの独立派を支援してもいいだろう。
北朝鮮の国民にしても中国の国民にしても、反政府運動や人権侵害は苛烈なもので、両国の国民の幸福のためにも、現体制の崩壊は促進されてしかるべきである。

憲法9条を堅持した上で日本を防衛する、というのなら、日本の隣で核を保持しつつ敵対心をむき出しにしているあの両国をどうにかして無力化、あるいは弱体化させればいいわけで、その種の陰謀は有効であろう。
ただ、その種の陰謀、対外工作を選挙公約にすることはできまい。

これは民主主義国家の限界かもしれない、とも思うのだが、民主国家であろうとも、イギリスやアメリカやイスラエルにも有名な破壊工作専門の諜報機関は存在する。
かつて日本でも日露戦争の勝利に大きく貢献した明石元二郎のようなスパイがいたし、世界に誇りうる忍者集団がいたわけだけれども、今の日本にそのような有能なスパイがいるわけもなく、スパイを運用する力があるわけでもなく、スパイを運用する方針をたてられるわけでもなく、善隣友好などという甘っちょろい対外政策しか打ち出せていない。
これは現実政治の場においては保守であろうと同じことだし、そもそもまともな政治言論として破壊工作が議論の俎上にあがることはありえない。

理想的なシナリオとしては、民間でそういう対外工作論を高めて、政治工作の様々なシミュレーションをすることで、為政者に対して対外工作への注意を常に喚起し、隠密裏に実行に移されることだろう。
そして表向きには素知らぬ顔で善隣友好を口にさせる。

もちろん、9条を破棄した上でこのような対外工作に関するノウハウを積み上げれば、さらに国家安全保障の選択肢は多くなり、盤石なものとなるのは言うまでもない。
ただ、日本の為政者はボンクラなので、国民に対しては公安や警察権力の恣意的な濫用、ミスリード、白色テロの疑いが濃厚な政治工作をしかけることはあっても、積極的な対外工作を仕掛けているようには見えない。逆に対外工作の対象とされることは頻繁に起こっているのだが。

国際政治上のリアリズムとして、この種の陰謀論というのはごく当たり前のことではあるのだが、国内政治のパラダイムの中ではこういうことを書いているとただのキチガイ扱いしかされなくなってしまう。
9条を保持する上で対外工作の充実、というのは対抗方針として機能しうるけど、それを現実政治の言論の場で担保することは非常に難しいし、リアリティなど皆無に等しい。
やはり無理筋かな。



日本の左右対立、というのは9条を憲法に埋め込まれてしまった時点で左翼・リベラル側に統治のリアリティを考えさせる機会を失わせてしまったように思える。
9条を守るとさえ言っていれば、それに対する一定の支持を集めることができるけれども、そのことによって失われる安全保障の選択肢を何によって代替させるか、という説得力は遂に提示することは叶わなかった。
逆に右翼側にしてみても、左翼側がそのようなファンタジーに固執するがゆえに、より精緻な政治センスを磨き上げる機会を失うことになった。

9条があったから戦争をせずに70年やってこれた、というのは確かに結果論として一定の説得力はあるし、実際にファンタジーを「リアル」たらしめてきたのだけれども、現実政治の場において、リベラルがこれだけ失墜し、保守があれだけ増長しているのも9条の呪縛ととることもできよう。
ということは逆に日本の政治はリアリズムを欠いたままでもやってこれた、とも言えるわけだけれども…。
リアリズムとリアルはまた別のものであるし、どうせ戦争に巻き込まれることになったらなし崩しになるのは目に見ていることでもあるわけで、やはり護憲にしろ、改憲にしろ、あまりこれに固執するのは建設的とはいえないと思うのだが。

関連記事:要人テロによって開かれる未来


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[ 2014/04/29 ] 考察 | TB(0) | CM(-)

「女性」のマネタイズと人間性の担保

[ 2014/04/26 ]
人間の様々な営為、わけても義務とか役割とかいうものはマネタイズされるわけです。
そういう意味で、男性の役割は人類の歴史上ずっとマネタイズされてきたのですが、女性の役割はまだマネタイズの途上にあると言えます。

家事労働の話です。
家事労働は別に女性だけがするものではないだろう、という声も聞こえてきそうですが、男性もするようになったのはわりと最近のことですね。
様々な家電が開発されたことで女性が社会進出しやすくなり、その結果、男性も家事をするようになった。
あるいは、様々な家電が開発されたから、結婚せずとも独身で生きていけるようになった、とも言えます。
これももちろん、少子化の原因になっていますね。
家電に金を払う=「女性」のマネタイズ

そこら辺はかぐらかのんさんが、こないだ私が書いた少子化の原因まとめ記事への言及記事で補論を書いてくださっていますが。

少子化とウーマンリブ かぐらかのん

資本主義の、というよりも「近代」の当然の進展として女性が男性と同等の社会的権利を、社会進出を、という主張をし始めたら、それまでマネタイズされていなかった女性の様々な役割もどんどんマネタイズされるようになっていく。

私もよく主張している保育施設の拡充、というのはまさしく女性の役割の一部をマネタイズして子育てをアウトソーシングするもので、ここにいろいろと問題は出てくるよなあ、と思っていたら、またまたかぐらかのんさんが先回りしたような記事をあげておられました。

パーソナリティ障害と男女共同参画 かぐらかのん

女性の社会進出の結果、子育てをアウトソーシングするようになったらどのような人格的影響が子供にあらわれるか、あるいは障害が現れるかもしれない、という問題。
たとえばハックスリーは『すばらしい新世界』で、子供を完全に工場で生産し養育する、という世界を描いたわけですが、女性のマネタイズ、というのは必然的にそういう方向に向かっていく話です。

我々はパラダイムの中でしか物事を考えられないので、ハックスリーの描いた世界をグロテスクに感じてしまうし、また、保育施設の拡充による子育てのマネタイズにもやはり心理的抵抗を感じる人は多いでしょう。

ですが、あらゆる保守的思想というのは常に敗れ去ってきました。
共産主義は急進的すぎて敗れ去りましたが。
時代が常に流れていく以上、その時代にあった思想が現実を支配する。
時代にそぐわない思想しか持つことが出来ない社会は停滞、後退を余儀なくされる。
反動や混乱があるにせよ、大枠としてはそういうものです。
今さら江戸時代に戻るわけにはいかない。
技術革新が不可逆なものである以上、社会や思想も技術革新に合わせて変化していかなければならない。
幸福のモデルだって時代ごとに変わってくる。

精神障害というのは、実は相対的なものである場合もあるんじゃないかと思うわけですよ。
視覚障害や歩行障害などの身体障害とは少し事情が違う。
社会の側が精神の変調や精神の形成過程に由来する社会的不適合を受け入れるだけの余裕があれば、あるいは現在の社会で障害とみなされているものが正常である、という社会になってしまえば、問題とされるものではない。
今現在、母親の不在によるパーソナリティ障害を問題視する傾向があろうと、そうした障害が社会の中で一定の割合を占めてしまえば、社会の側がそれに適応するだろう、という話です。
あるいは人間の質が変わるが故に、社会も変わる、とも。
パーソナリティ障害がスタンダードな社会。

ただ、技術革新、社会の変化に合わせて思想や社会システムを更新していく中で、どうやって人間性を担保していくのか、あるいはどこまで人間性を捨て去るのか、というのは重要なテーマです。
また、そうした人間性なるものの変質をどうやって社会の中で位置づけていくか。

でも、そこら辺はミクロな、というよりは最終的にはテクニカルな問題になってくるのかなあ。

関連記事:女の限界と技術革新と社会の変化と思想の役割
関連記事:人口子宮が発明されないと男女平等なんて無理


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[ 2014/04/26 ] 考察 | TB(0) | CM(-)
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