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要人テロによって開かれる未来

[ 2012/09/04 ]
公安にでも目をつけられそうな話ですが、要人テロの正当性をどのようにして担保したらいいのか、ということをちょっと考えてみました。

やっぱり歴史ってテロによって動いてきた部分はそれなりにあるよなあ、と思うんですよね。
明治維新なんて無数の要人テロがなければ成立していませんよ。
テロはいかん、と一方的に断罪するのは思考停止な気がするので、要人テロの持っている潤沢な可能性についてまともな議論が行われている場所とかないですかね。
いや、私は腰抜けなんで自分から実行するなんてことはありえませんが、要人テロが起こりやすい世の中へとシフトしてくような議論があれば意見を拝聴してみたいな、と。
要人テロが実際に起これば、拍手喝采してしまうんだろうな、と(相手にもよるけど)。

無差別テロって情状酌量の余地がないんだけど、要人テロは様々なケースがありうると思います。
9.11であれだけ反イスラムの声が大きくなったのは、無差別テロに対する嫌悪感はどこの国の人も普遍的に持っているからでしょう。
テロっていうと無差別テロも要人テロもわりと一緒くたに語られているような気がするんですが、やっぱり全然違うものですよね。
無差別テロで社会が混乱することはあっても、国家機構の統治に関して綻びが生じるということはないだろうな、と思います。

ところが、サラエヴォ事件という要人テロではオーストリア皇太子夫妻が暗殺されたことで第一次世界大戦が起こり、結果、ドイツ帝国、ロシア帝国、オーストリア=ハンガリー帝国、オスマン帝国が滅亡しています。
もちろん、要人テロだけでこのような結果になったわけではないですが、皇太子夫妻を殺した2発の銃弾がなければあのような形で4つの帝国が滅ぶことはなかったでしょう。
皇太子夫妻を暗殺した直接の実行犯ガヴリロ・プリンツィプはサラエヴォでは英雄として、永くその名を讃えられていたそうです。
日本の初代総理大臣伊藤博文も若かりし頃は要人テロやってますし、また、要人テロによって殺されたりしています。
テロリスト、とつい一緒くたにくくりがちだけど、無差別テロリストと要人テロリストは峻別して考えなきゃいけないんじゃないかなあ、と。

もちろん、人殺しなんてとりあえず悪いことなんですけれども、そういう規範を乗り越えなければ社会のルールを変更させることがどれだけ困難なことなのか、ということもよく考えなければならないことだと思います。
現状、日本では毎年3万人以上の自殺者が出ているわけですが、今時の戦争じゃ3万人も人が死ぬなんてことはなかなかないわけで、毎年3万人もの「戦死者」たちを計上し続ける状態は戦争ということも言えるよな、ということはネットを適当に漁っていればよく見る言説です。
戦争ならば、非常の手段が許されるんじゃないの?と。

幕末と違って、あるいは第一次大戦前夜のサラエヴォと違って、今の日本はとりあえず平和な民主主義国家、ということになっているわけだけれども、果たして公約をほとんど守ることができない政治家しか選ぶことができないような国家が、正しい民主主義国家の姿なんでしょうかね。
自民党から民主党に政権交代して、国家運営の指針が変わったようには全然見えないんですよね。
今行われている政策の多くは自民党政権下で実施されてもなんら不思議のないことばかりです。
政治家が国家を運営していない国である、ということが図らずも露呈してしまったようなものです。
自民党の政治家でも民主党の政治家でも、当初持っていた理念通りに政治を運営することができるシステムがこの国にきっちりと備わっているのであるならば、ここまでひどいことになっていなかったんじゃないかと思います。

一方で、白色テロ(体制側による弾圧)じゃねーかと言われても仕方のないようなこともわりと頻繁に起こっているんですよね。
証拠なんてないから断定はできないんですけど、2002年の石井紘基民主党衆議院議員刺殺事件、2007年の松岡農水相の自殺、2009年の中川昭一氏の泥酔記者会見&不自然な死は口封じじゃないのか。
小沢一郎、鈴木宗男、高橋洋一、植草一秀、佐藤優氏らへの極めて強引な「国策捜査」は検察警察の捏造じゃないのか、などということは週刊誌やネット上でいろいろ言われています。
全部が全部そうとは限らないけど、いくつかの事例はそうなんだろうなあ、と思いますよ。
権力に関わっている人達は様々な非合法かつ暴力的手段をも用いて、己の意思を貫き通そうとするわけですが、その真相が明かされることはほとんどありません。
一方で、一般民衆の側ではせいぜい選挙とデモ、署名運動くらいしか権力側に圧力をかける手段がありません。
まともな民主主義国家ではない日本において、選挙なんてガス抜きにしかなってないし、デモの集まりだって全然だし、集められた署名なんて捨てられてしまっていたりするのが実状です。

やっぱ要人テロだよなあ、とか思うわけですが、まあ、今の世の中でこんなこと考えていたらただのアブナイ人ですね。
ただ、要人テロリストが生まれやすい土壌をどのようにしたら醸成できるのか、という思考実験はそれなりに楽しかったりするので、アブナイ人なりの娯楽としてもうしばらく続けようかな、と思っています。

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