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「いじめ」というテーマ

[ 2012/09/09 ]
大津の事件以来、「いじめ」問題が話題にあがる頻度が高くなりました。
ワイドショーで大きく取り上げられたり、新聞で「いじめられている君たちへ」なんて企画で有名人にコラム書かせたり、ネットでも大いに盛り上がってますね。
最近だと、黒木瞳の娘が男子に2万円渡して同級生の女の子をレイプさせようとしていた件も一部で話題になったりして、いかに日本の教育現場の多くで凄惨な犯罪行為が日常的に行われているのか、ということがクローズアップされています。

近年は「いじめ」を扱ったフィクションにも名作傑作問題作が目白押しで、個人的には『リリィ・シュシュのすべて』『絶望の世界』『素晴らしき日々 〜不連続存在〜』『隣人13号』あたりはひどく心をかきむしられるような思いを感じてしまいました。
また、「いじめ」の構造の背景にあるスクールカースト(教室内ヒエラルキー)という概念を積極的に取り入れた作品も注目を集めていて、『野ブタ。をプロデュース』『AURA~魔竜院光牙最後の闘い』『アクセル・ワールド』『君に届け』などの良作を生んでいます。
ここ数年のうちに、いろんなアプローチで「いじめ」が描かれるようになった、ということなのですが、それだけ「いじめ」が若者たちの間で切実な問題になっている、ということも言えると思います。
まあ、フィクションの数そのもの(出版点数、映像コンテンツ、ゲーム、webマンガ、web小説など)が増えている、ということもあるんですが、それでも、このテーマって意外に新しいテーマなんですよね。
もちろん『果てしない物語』とか『少年時代』とか、いじめられっ子のメンタリティを描いた作品は過去にもあったけど、今、我々の社会が抱えている「いじめ」とはまた質の違ったものですから。

よく、年配の人達は「昔のいじめと今のいじめは全然違う」などと言いますが、1986年の中野富士見中学いじめ事件が今の「様式」による「いじめ」で社会的に注目された最初の例だそうです。
このあたり以降に学生時代を送った作家世代の作品にはやはり「いじめ」を扱った作品が増えてきたということですかね。

20年以上前からこうした学校内における、犯罪と同義と言ってもいい「いじめ」問題は指摘されていて、またフィクションとしても問題提起が為されていたのにも関わらず、国がまっとうな政策を実施しなかった、というのは不作為もいいところです。
日教組あたりが警察の介入に反対していたからなのかもしれないですけれども、ようやっと対策らしい対策を打ち出すようで。
いじめ、国と学校連携 文科省、200地域に専門家組織

未然に防ぐ、ということですけど、これで防げるんですかねえ。
まあ、今までよりは踏み込んだ施策ですけど記事を読んでいる限りでは、予算つけりゃそれで何かした気になっているんじゃねーの、という気はしないでもないです。
今までの学校の対応を見ていると教育組織そのものを改革しないとどうにもならないと思いますし、加害者をもっと積極的に罰することができるような仕組みをつくったほうがいいと思いますよ。
その中で品川区がわりと踏み込んだ施策を打って来ました。
いじめで出席停止 品川区方針に理解の声
まあ、「いじめ」も程度があって、どの程度なら出席停止にするのかよくわからないですが。


ただ、「いじめ」ってそりゃいじめる側が100%悪いとは思うんですけど、よく「いじめられる側も悪い」などという人がいます。
これは言い方の問題で「いじめられる側にはいじめられる原因がある」と言えばもう少し耳通りがよくなると思うんですよね。
どんなに強固な「いじめ」対策が行われたって「いじめ」が完全に撲滅されることはないでしょう。
社会に出たって「いじめ」はどこにでもありますからね。
いじめられる人間ってやっぱり人付き合いが下手くそなんで、どこにいってもいじめられてしまう危険性を持っています。
他人との適切な距離感覚をどうやってつかめばいいのかって、それがわからない人にはすごく難しい問題ですが、わかる人にはわりと自明で、問題でもなんでもなかったりします。
で、いじめる側の人間てのはそういう人が多いんですよね。
距離感の支配がうまくて世渡り上手。
黒木瞳の娘や大津の事件の加害者のように事件として表沙汰にならなければ、充実した人生を送る確率は、いじめられる側の人間よりもいじめる側の人間のが高かったりするのが非常な現実です。
2ちゃんねるを見ていると、落ち度のある人間に対して汚い言葉で罵る書き込みをよく目にします。
別に2ちゃんねるが日本の縮図である、などと言うつもりはさらさらないですけど、わりとどんな人間でも弱者を叩いて悦に入りたい、という気持ちは持っているんですよね。
いじめられる人間ってのは存在するだけでそういう、誰もが普遍的に持っている「叩きたい」という気持ちを多かれ少なかれ刺激してしまう存在です。

学校教育の現場で、仮に「いじめ」の加害者に対する厳罰が徹底されても、被害者になりやすい人が快適な人生を送るのはなかなか難しかったりするだろうし、あるいはそういう人が社会にでると周囲にストレスを与えてしまいかねないので、いじめられる側の人がなるべく社会に適合的な存在になれるように治療(カウンセリングやライフスタイルの見直し、投薬など)を受けやすい体制やいじめられないための行動マニュアルの構築も視野に入れられたらいいんですけどね。
社会になかなか馴染めない人間を馴染めるようにするには、ダイエットするよりも難しいことだと思いますけど、子どものうちになんとか習慣づけて環境を変えれば、挽回できます。

……ただ、もう少しマクロな見方をすると、そういう治療なり対処なりして、いじめられっ子の人間性を矯正するよりも、歪んだ個性を抱えたまま、いじめられる存在はいじめられる存在として、覚悟をもって生きていく、という選択も私は評価したいですね。
他人をいらつかせようが、孤独だろうが、そういう歪んだ個性も社会のダイナミズムには必要でしょうし。
でも、自分がどういう存在なのかもわからずいじめに苦しんでいる子供たちのが多いでしょうし、一旦いじめられる側に回ってしまったらそこから現状復帰するのはどんな手段を用いるにせよ大変な困難を伴うものですから、最悪のケースを回避するためにも、過度な加害者には徹底した厳罰を。
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