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世界初の百合小説はドストエフスキー

[ 2012/09/12 ]
必ずしも主題として同性愛を扱っていなくても、昔の作品に同性愛と認めるに足る描写が出ていれば、それはそれでメルクマールとして語るに値するかな、と。
そういう意味で言うと、近代文学で世界初のBL(ボーイズラブ)はおそらくメルヴィルの『白鯨』(1851)で、第四章においてクィークェグのベッドでイシュメールが目を覚ます場面がそれにあたります。



『ロリータ』で知られる作家ウラジミール・ナボコフは「近代文学で最初に同性愛者が描かれたのは、『アンナ・カレーニナ』である」(ロシア文学講義)と述べたらしいですが、『アンナ・カレーニナ』の刊行は1875年で、『白鯨』よりも遅いです。
とはいえ、歴史に埋もれていった数多の無名作家の作品群にその種の描写がなかった、とは誰も言い切れないところではあるんですけどね。

ここ最近、百合、GL(ガールズラブ)が隆盛を誇っています。
この流れの端緒になったのは『セーラームーン』や『少女革命ウテナ』『マリア様がみてる』あたりからで、さらに女の子同士の仲良し空間の楽しさ、みたいなのを男性目線から描いた『あずまんが大王』がこの流れを決定づけてしまったといえるでしょう。
以後、『プリキュア』『灰羽連盟』『リリカルなのは』『らき☆すた』『咲』『けいおん!』『まどか☆マギカ』『ゆるゆり』『輪廻のラグランジェ』『Candy Boy』…などなど、同性愛とまではいかない作品もありますが、男性の存在感を希薄化して女性同士の関係性を強調した話題作が席巻し続けていて、それを男性が喜んで見ている、という現象が見られるようになりました。
実写なら『下妻物語』、そしてAKB48あたりを百合的な見方で楽しんでいる人はわりといるし、海外ドラマでも『Lの世界』がヒットしましたが、まあ、「流れ」という意味では日本に、というかオタク層に固有の現象でしょうね。

だけどそういうのってここ10年か20年くらいの話で、それまで一般向け作品で女性同士の関係性を、エロスを匂わせる形でメインテーマとして扱ったものは本当に少なかったように思いますし、ましてやマーケットを成立させることになるとは思いもよらないことでした。
もちろん女性の同性愛の歴史は10年や20年ではなく、人類の歴史とともにあったんでしょうけど、ホモ・セクシュアル、衆道、BL、やおい、腐女子の文化に比べるとささやかなもの、という印象が拭えません。

一般的にレズビアン文学の黎明期の作家として言及されるのはヴァージニア・ウルフや吉屋信子あたりですが、彼女らが活躍したのは20世紀に入ってからです。
ところが、世界初の近代BL小説である『白鯨』よりも早く、ドストエフスキーは『ネートチカ・ネズワーノワ』(1849)という作品で百合、ガールズラブを書いていました。
この事実は意外にもフェミニストや女性文学者、レズビアン研究者や百合愛好家もあまり指摘してこなかったし、ドストエフスキーの研究者ですら、そのことを強調した形跡は見られませんでした。
見過ごせるほどさらっと書いているわけではないんですけどね。
そもそもドストエフスキーの作品中でもひときわ知名度の低い作品で、全集にしか収録されていません。

内容について触れましょう。
両親を早くになくし、孤児となった主人公ネートチカの生涯を彼女の一人称語りによって追っていく長編…になる予定だったと思うのですが、実際にはドストエフスキーは執筆中にシベリア送りにされたため、彼女の少女時代までのエピソードで中断しています。
中途半端な印象は拭えない作品なんだけど、鋭い人間観察の筆致による人物造形の豊かさは他の作品群と比しても劣るところはありません。
若き日は才能に溢れていたものの破滅し、酒におぼれて悪罵を繰り返すだけになってしまった元バイオリニストの父親、その父をなじりながらも心の底では信奉し、懸命に尽くし続ける母親、ある秘密を抱えた夫婦の日常生活における奇妙な緊張感など、見所は多いですし、ネートチカが周囲の人間との交流を通して成長していく教養小説としての見方もできます。ってかそれがメインテーマでしょうね。
当初のノリはハウス名作劇場とかオールドスタイルの少女小説とかみたいなイメージですが、孤児となって以降の展開が…。
8才のネートチカとその友人カーチャの熱烈な恋愛描写に目を疑いたくなります。
幼女レズですよ、これは…。
この時代の文学に過剰な「濡れ場」など存在するはずもなく、描写の力点は心の交流に置かれているわけですが、ロシア人は挨拶代わりに接吻する民族なので、当然、ネートチカとカーチャもそういうことをするし、それ以上のこともやっちゃってます……。
恋という感情を初めて自覚した二人の戸惑いや衝突、理解しあっていく過程は百合以外の何ものでもないです。
別に私はロリコンではないし、あまり詳しく書くとアブナイ人にしか見えなくなるので(今更か)このへんにしときますけど、以下、本文より印象的なシーンを引用。

カーチャはふたたび身を屈めて、かぞえきれぬほどわたしに接吻しました。何粒かの涙がわたしの頬に落ちました。カーチャは深く心を揺り動かされていました。
「本当にあんたが大好きだったのに、それでいて、そんなことはない、そんなことはないっていつも思っていたのよ! 好きだなんて言ってやらないって! それにしても、ずいぶん強情を張っていたものね! あたしは何を怖がっていたのかしら、どうしてあんたを恥ずかしがっていたのかしら! だって、ほら、あたしたちはいま、こんなに楽しい思いをしているでしょう!」
「カーチャ! とても苦しい!」歓喜に恍惚となってわたしは言いました。「胸が張り裂けそう!」
(水野忠夫 訳)

未完作品(カラマーゾフも未完ですが)ということもあって、これまで文学史的には『ネートチカ・ネズワーノワ』はほとんど評価されてこなかったわけですが、百合文化が隆盛の今こそ、改めて位置づけ直し、再評価されるべきなんじゃないかな、と思うわけです。
また、今の時代背景を考えれば、むしろこれをとっかかりにしてドストエフスキー文学に入っていく人を増やすチャンスではないか、とも思います。
萌え絵の表紙と挿絵で売りだせば、そこそこヒットすると思うんですが、気の利いた編集者さんはいないんですかね。
ちなみに、新潮、河出、筑摩の全集にそれぞれ収録されていますが、いずれも絶版なので、図書館で借りるか古本でゲットしてみてください。

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