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原子力メモ 誰が下手人なのかはっきりさせるために

[ 2011/08/06 ]
今日、8月6日で、広島に原爆が落とされて66年になります。
今年は福島で原発災害があったこともあり、原子力がもたらすものについて、改めて考える機会が増えました。
でも、ちょいと調べてみて思ったんですが、私たちは原子力に関する固有名詞をあまり知らないんですよね。
この60年あまり、人類にとって最大の脅威であり続けている原子力のターニングポイントをまとめてみました。
原爆の投下と最悪の原発事故に見舞われた日本人としては、よく抑えておかなければならない点が多いのではないかと思います。


1898年 放射性物質の発見 ピエール・キュリー&マリー・キュリー

妻のほうが有名ですが、夫婦揃ってノーベル賞を受賞しています。
フランス人とポーランド人の国際結婚です。
夫のピエールは交通事故で亡くなったのですが、マリー・キュリーのほうは放射線が原因と思われる体調不良に苦しみ、亡くなっています。
彼女の研究室や彼女の指紋、私物からはいまだに放射線が放出されており、厳重な管理下に置かれているそうです。


1914年 H・G・ウェルズ『解放された世界』

H・G・ウェルズはSFの父とも呼ばれるほど、多くのSF作品を残し、未来への警鐘を鳴らした偉大なイギリス人作家です。
タイムマシン、透明人間、タコ足型の火星人、ディストピアなど、現在に通じる様々なSFのモチーフを最初に提唱したこともすごいのですが、国際連盟、日本国憲法の成立にもその影響を及ぼしています。
そして、1914年、第一次世界大戦中に書いたこの作品では、なんと原子爆弾を登場させています。
作中ではむしろ近代国家間の戦争がとんでもない悲劇を生み、その結果として、原子核反応を用いた爆弾が使われてしまうだろう、という風に警鐘的に描いたのですが、実際にはこのアイデアを元にして、現実の原子爆弾がつくられてしまいました。
SFが現実に影響を及ぼした、最大の事例かもしれません。


1933年 レオ・シラード 原子爆弾の開発を提唱

ウェルズのファンだったレオ・シラードが『解放された世界』にヒントを得て、素粒子中性子による連鎖反応を用いた原子爆弾の可能性を思いつきました。
その後研究を重ねたのですが、ユダヤ人だった彼は、ナチスに使われたらやばい、と危機感を抱き、当時すでに著名だったアインシュタインとの連名で、アメリカ政府に原子爆弾を開発するよう働きかけました。
1939年 アインシュタインとシラードの連名で大統領に書簡を出しています。
名前を使われたアインシュタインはいい迷惑ですね。(もちろん、アインシュタインだってそれが使われたらどういうことになるか、ある程度想像はしていたはずなので、まるっきり冤罪とも言えません。どこが使った、というよりは使ったこと自体に問題があります)



1941年 MAUD委員会、原爆の可能性を実証

レオ・シラードやアインシュタインが著名な物理学者であるとは言っても、所詮は個人です。
なかなか国家を本格的に動かすことはできません。
イギリスのルドルフ・パイエルスオットー・フリッシュ(ふたりともユダヤ系)を中心とするMAUD委員会が設立され、原爆の可能性について様々な検討、見積もりを出し、この委員会の活動を元にマンハッタン計画が始動しました。



1942年 マンハッタン計画(原子爆弾の開発計画)スタート。フランクリン・ルーズベルト大統領(民主党)


MAUD委員会の成果を元に、ルーズベルトがこの爆弾の製造を指示しました。
原子爆弾をこの世に誕生させる最終決断をしたのは彼です。

マンハッタン計画の責任者
レズリー・リチャード・グローブス(軍事)
ロバート・オッペンハイマー(開発)

オッペンハイマーの名前はわりと有名ですね。彼もユダヤ人です。
「原爆の父」と呼ばれ、彼の主導のもと、原子爆弾は製造されました。


1945年7月16日 トリニティ実験

人類史上、最初の原子爆弾の使用はこの時です。


1945年7月25日 日本への原爆投下を命令 ハリー・トルーマン大統領(民主党)

人類への使用の最終決断は彼です。
トルーマンは終生、原爆投下について「まったく心は傷まなかった」と述べています。


1945年8月6日 爆撃機エノラ・ゲイが広島へ原子爆弾「リトル・ボーイ」投下

エノラ・ゲイの機長はポール・ティベッツと言います。
彼が原爆投下作戦の実働部隊の長です。
終生、原爆投下について後悔の言葉を吐くことなく2007年まで生きながらえました。
ちなみにエノラ・ゲイという名前は彼の母親の名に由来しています。

実際に落としたのは爆撃手のトーマス・フィヤビーです。
一瞬にして14万人以上(後遺症を含めれば24万人以上との説も)の人命を奪った、人類史上最大の大量虐殺の直接の実行者は彼です。
ナチスや文化大革命でも大量虐殺がありましたが、一人で14万人殺した奴はいないですね。
彼がやらなかったら別の人間が原爆投下したでしょうが、たとえ抗命罪になろうが断りゃ歴史に汚名を残さずに済んだのです。
命令された人間、全員が断れば14万人も死なずにすんだわけです。
トーマス・フィヤビーが広島に原爆を落とした張本人です。
最も多くの日本人を殺した人間です。
日本人はもっとこの名前を知るべきですね。
愛国者を自認しているなら、もっとも多くの同胞の命を奪った仇として覚えておきましょう。
次に日本がアメリカと戦争して勝ったら、真っ先に彼の墓を荒らさなきゃいかんですね。
人権派を自認しているなら、もっとも多くの人間の命を奪った犯罪者として覚えておきましょう。
永遠に糾弾し続ける対象として、これほどシンボリックな立場の人間はいません。
日本版wikipediaには彼の項目が存在しません。
仇の名を、犯罪者の名を知らずして、歴史を知らずして、何を語れるというのか。


1945年8月9日 爆撃機ボックス・カーが長崎に原子爆弾「ファットマン」を投下

機長はチャールズ・スウィーニーです。
彼もポール・ティベッツと同じく、原爆投下を悔いることなく、むしろ、原爆開発を推進しつつ、2004年までのうのうと生きながらえました。

爆撃手はカーミット・ビーハン
7万人以上の命を奪った、人類史上2番目の大量虐殺の実行者です。
彼は戦後、長崎の人たちに対して謝罪の訪問を申し込みましたが、断られています。


1951年12月20日 原子力発電に成功

アメリカアイダホ州のEBR-1という施設で世界最初の原子力発電が行われました。


1954年6月 ソ連のオブニンスク発電所が世界初の実用原子力発電を開始。

以後、原子力の平和利用という名の下、世界中でチェルノブイリやフクシマと同じような惨劇の元となる施設が乱立されていきます。
現在、世界中にある、商用原子炉は435基。
とっとと次世代エネルギーを実用化したいところです。


原子爆弾の製造を命令した人間。
原子爆弾の投下を命令した人間。
原子爆弾を実際に投下した人間は、皆、アメリカ人です。
彼らのほとんどは反省してないですね。

原子爆弾を提唱した人間。
原子爆弾の可能性を実証した人間。
原子爆弾製造の指揮をした人間はユダヤ人です。
関わった人間のほとんどは、戦後、核兵器抑止のために運動し続けました。
だからどうした、ということもないんですけど、ちょっと対照的です。


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