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移民論者は何を考えて移民を主張するのか

[ 2013/09/25 ]
少し前に大前研一が書いてた記事

長期衰退を止めるには移民政策しかない President

移民を言い立てる人っていうのは少子化はまずい、ということは認識しているようなのですが、それでどうやったら効果的に少子化を解消できるか、という提言は全然でてこないんですよね。

人口減少に対処するに考えられている理路は3つです。
放置するか、移民を受け入れるか、少子化対策をするか。


放置する場合

このまま何もせずに少子化を放っておいてもそれで日本がなくなるわけでもないので、別に放っておいてもいいだろ、という考え方もあります。
まず地方からどんどん寂れていって、廃村になったり潰れたりする自治体も出てきて、国力の多くを高齢者福祉に回さなければならなくなっていくけど、まあしょうがないよね、と。

ここんとこJR北海道で事故や不祥事が多発していて、問題視されています。

JR北海道の一連の事故は「過疎化し衰退する地方」の一里塚 やまもといちろうBlog

こういう事態はこれからも日本のいたるところで多発していくでしょうが、しょうがないよね、と。
採算がとれないインフラを維持していくことがどれだけ困難なことか、というのはもっといろんな人が深刻に考えたほうがいいです。
多分、いずれ潰れるでしょうが、そうなった時にJR北海道を利用していた人たちの生活はどうなるのか。
不便になりますねえ、と一言では言い切れないほどの不便さが生活に降り掛かってくることは想像に難くありません。
だから採算とれないのに維持しているんだけど、そのインフラを維持し続けるということはどこかから金を調達しなければならないわけで、そのどこかから、というのは税金なわけですが、多分、少子化して採算の取れなくなる線路はこれから先もどんどん増えていくでしょう。
で、それらの線路も税金を投入して維持していくのか。
維持していくんでしょうねえ。
ひょっとしたら我が国の殆どの人は借金の返済額よりも税収が少なくならないと、ことの重大さに気づかないかもしれませんね。
今は借金返済に20兆費やしていて、税収は30兆円ほどですが、これが逆転したらどうなるでしょうね。
そしたら金を刷ればいいんでしょうか。
通貨の供給量が増えれば物価が高くなります。
物価が高くなって給料が低いままならますます消費は冷え込むし、のたれ死ぬ人が増えていきます。
国の借金論で三橋貴明や麻生太郎が「あれは国の借金ではなく政府の借金だ」とか言っていましたが、それってどこがどう違うんでしょうね。
政府はじゃあ、借金を返済するためにどこから金を調達してくるんだよ、と。
結局国民から税金を巻き上げるしかないわけですよ。

我々は経済を語るときに、金融工学的なまやかしに騙されて、国民の生活とその延長上にある実体経済の動向を無視し過ぎている。
言葉を言い換えることで、問題を解決した気になっている思考停止な人間が多すぎます。
デフレだからインフレターゲットだってやってたって、その刷った金が適切な場所に落ちてこなければ生活が苦しくなるだけですよ。
金融政策など所詮は一時的なものにしかなりません。
重要なのは金の通る道を適切なものにすることです。

少子化を是認するにせよ、それに対応した効率化(住民サービスの集中効率化のために都市部への住民の強制移住、放棄する自治体の選定など)ができればいいんだけど、それをやるにしても、かなり面倒な制度設計が必要になります。
しかも、選挙区割りとか反対運動がまた面倒なことになってくるので、民主主義をやっている限り、決定するのは難しそうです。

さて、少子化対策を制度設計してやるのがマシなのか、移民を受け入れる制度を作るのがマシなのか、放置して効率化を制度化するのがマシなのか。


移民を受け入れる場合

大前研一氏は冒頭にリンクした記事中で移民を受け入れるにあたってどうすべきか、というようなノウハウをわりと具体的に書いていますが、その政策を実施するにもやはり制度設計からやり直さなければなりません。
制度設計をきっちりやってもそれがうまくいく保証なんてどこにもありませんけどね。
ヨーロッパ諸国は移民政策を見直す方向になってきているし、成功例として上げられていたシンガポールやルクセンブルク、スイスなどは国の規模が小さすぎて比較対象にならないし、オーストラリアにしたって問題はいくらでも指摘されている。
グーグルで「オーストラリア 移民」で検索したら失敗を指摘している記事のほうが多かったですよ。
ミスリードもいいところです。
それでもきっちりやれば、あるいはうまくいく可能性はないとも言えないけれども、それで移民たちが日本で稼いだ金の多くは移民の母国に送金されてしまうわけでしょう。
そもそも失業率が無茶苦茶高い状況で移民を云々してもしょうがないです。
労働環境や保育環境が今の日本人と同等なのであれば、移民たちも日本社会では子供を作れないでしょう。
すると高齢化した移民たちを誰が養うのか、という問題が出てくる。
移民ってのは生活習慣も言語も文化も違う環境で育った人たちを自分たちと同化させなければならないのでそのコストは膨大なものになります。
果たして投資に見合った労働者、社会の成員となれるような移民がどれくらい育成できるというのか。

移民論者の多くは少子化は運命と諦めていて、まずそれが「前提化」してしまった上で移民を受け入れようと制度論をぶちあげようとする。
結局は制度論に落ち着くわけで、それなら効率化論と少子化対策論と同じことです。
制度をどうにかしないとならない、と。


少子化対策を打つ場合
少子化対策を制度化する例については私は何度も書いてきたので、ここで繰り返し書くつもりはありません。
リンクを貼っておきますので、未読の方は是非、ご一読下さい。

日本を救う方法を考えたので、みんなの力と知恵を貸してほしい



少子化は解消しないんだ、という「価値観」は我々がこの国の制度の中で生きてきたから育まれたものです。
制度によって我々の価値観は形成される。
民族性とか習慣とか文化もそうです。
もちろん相補的なもので、価値観が制度をつくる、ということもあるでしょうが、いずれにせよ、まず自分の価値観や世の中の価値観を疑うことから始める必要がある。

我々が幸福に至るためには価値観は絶対ではありません。
制度も絶対ではありません。
ただ、人生が円滑に進行していくか否か、という基準だけが絶対なんですよ。
そのためには価値観も制度も変える必要がある、ということです。
だって、人間が未熟な赤子として生まれ、教育を受け、社会の成員となり、やがて老いて死んでいく、というサイクルは人類の誕生から万古普遍のものですからね。
せいぜい寿命が伸びたくらいですよ。それだって最高齢の記録は昔だって100才超えてた人はちらほらいるわけですから。


人口減少を完全に放置して、何も対策を打たなかったら、日本の国土はいずれ荒廃していきます。
多分、もうそれが一番、現実的なシナリオだと思う。
それでも、我々の生活水準を維持、向上させるためになにか手を打たなければならないとしたら、効率化か、移民か、少子化対策か、という話になるんだけど、それら制度設計の中ではおそらくもっとも現実的で効果的なのは少子化対策です。

とはいえ、抜本的な少子化対策を声高に叫んでいる知識人は皆無に等しいし、政策論としても優先順位が下位に置かれ、選挙の争点にもなっていないので、まずはこの状況からどうにかしないとねえ。
制度論として相対的に一番現実的ではあっても、政治日程にあげるまでが現実的でないかもしれない、というのは困った話ですね。


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