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価値観に囚われない思考のあり方

[ 2013/11/25 ]
党派性を批判する、ということは価値観を批判する、ということとほとんど同義である場合が多いのかもしれない。
場合によっては価値観や党派性は「偏見」という形をとることもあるだろう。

趣味の領域だったら価値観だけで判断してもいいだろう。
あれが好きだからこれが好きだから。
このほうが楽だから。

ただ、自身や大事な人の人生、社会に関わる決断に関して、価値観だけで物事を決めていいということはないし、趣味の領域でも、自分の価値観に自覚的であるべきではないか、という留保はもっと多くの人間に共有されていい気がする。
価値観の外側から考えることの大事さというか意味というか。

価値観だけで物事を考えると自己撞着に陥って、視野を狭めてしまう。
価値観の似た意見、似た人ばかりが視野に入って、そうでないものを異物として排除してしまいがちになる。
価値観は思考の補助線であり、補助線に沿った思考は楽なので日常生活を営む上ではそれがしっかりしたものでなければ逆に不便なものだし、価値観の近い人達と交流するのは単純に楽しい。
だが、価値観は常に必ずしも正しいとは限らない。
年を経れば経るほど、価値観は強固なものとなり、補助線の影響力は強いものになるのだけれども、価値観は真理でもなければ、法則でもなく、科学的根拠の一切ない信仰のようなものでしかない。

変化の激しい現代社会にあって、世の中の価値観は目に見えるように我々の前で更新されていく。
我々はそのことを特に気に留めることなく、世の中の価値観の変化に従って自身の中の価値観も無意識に、そして徐々にアップデートしていく。
そうして価値観はその人の人格と同化していく。

だが、人生においては価値観の違う人間同士であっても交流しなければならないし、価値観を根底から覆すような現象というのは、実はそれほど珍しくなかったりする。
大災害だったり、病気や事故だったり、身近な人の死だったり、隠されていた真相が明らかになった時だったり、挫折だったり、衝撃的なフィクションとの出会いだったり、恋愛だったり。
もっとなんでもない瞬間に価値観がぐるりと変わるような体験をした人もいるだろう。
そうしたことで今まで信じてきた自身の価値観が絶対ではない、ということに気付けるのだが、多分、殆どの人はすぐにそんな劇的な体験をすっかり忘れてまたもとの価値観に戻ってしまったりするし、変化した価値観の中に安住して価値観に囚われている、ということも自覚せぬまま生きていくのだろう。
価値観が絶対的な指針足り得ることなどない、ということを忘れて。
価値観を絶対視しているということを意識しないまま。

では価値観に左右されない思考とは何か、というと身体的な限界と持続性と利害を基準にした思考ということになるだろうか。
意外に人間の価値観は身体性の限界を考慮に入れずに暴走したままになっていることが多々ある。
特に現代社会はフィクションの量がとんでもなく多いので精神論が幅を効かせすぎている。
諸外国は知らないが、日本の場合だと少年ジャンプ的価値観やスポ根的な努力偏重主義、あるいはラブコメやテレビドラマの影響による恋愛至上主義(ブサイクの身体能力では恋愛はハードルが高い…)などがそれに当たる。
価値観は必ずしも身体性と寄り添った形で身につくものでもないのだ。
持続性と利害に関してはそれを計算できる程度の頭、要するに論理能力を価値観に優先させることができるか、というところか。

価値観の支配から逃れることは困難なので、それをどうやってハックしていくか、という方法論を確立したいのだが、まず、そういうメタな位置に立つことも凡人には難しい。
立ったところで、必ずしも幸せになれるとは限らないし、価値観と心中するほうが幸せ、というケースも多々ある。
自分の価値観を飼い慣らす方法、などというライフハック記事を書いても殆どの人が「?」となるだろう。
まあ、別の切り口で書けばいいのかもしれないが、それでもそういうものに需要があるとは思えないし、価値観に安住している、ということに特に危機感を覚えている人がどれくらいいるというのか。
価値観ゲームもそれなりに楽しいしね。
ただ、やはり価値観だけで思考していれば必ずどこかで行き詰まるものだし、そうなった時に思考停止に陥らずにいられる「根拠」みたいなものがあるのはそれなりに強みではあると思うので、きっちりと留保しておきたい。


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