『シベリア抑留とは何だったのか 詩人・石原吉郎のみちのり』(畑谷史代) : 異常な日々の異常な雑記 QLOOKアクセス解析 アクセスランキング

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『シベリア抑留とは何だったのか 詩人・石原吉郎のみちのり』(畑谷史代)

[ 2010/06/24 ]

詩人・石原吉郎の評伝。
石原吉郎という詩人を知る人は今となってはわずかだろうが、70年代にはそこそこ有名だったそうだ。
シベリア抑留から「生き残ってしまった」という後ろめたさから生涯開放されることのなかった彼の詩には常に暗い陰がつきまとう。
だが、その存在感の重さには立ち止まらずにいられない吸引力がある。

戦争経験、被爆経験などの証言は多数残っているし、経験者の話を直接聞く機会もわりとあるのだけれど、シベリア抑留についての証言というのはそれほど多くないし、あっても今はそれほど語り継がれていない。
65万人以上(一説によると200万人近く)の日本人が極寒のシベリアに拉致された。
統計がまともに出ていないので死者の数は6万人~34万人とけっこうな幅がある。
飢えと寒さに耐えながら強制労働をさせられ、ほとんど棄民扱いをされた上に、運良く復員できたのちも、「シベリア帰り」「赤の犬」と蔑まれた彼らの経験は、他の戦争経験と比べても特筆すべきものがあるだろう。
だが、経験者の多くは沈黙した。
人間としての尊厳を捨てなければあの時生きていけなかったからだ。
かつて、ゴールディングが『蝿の王』で描いた、無人島から救出された少年たちの「その後」に近い印象を受ける。

この本はシベリア抑留の事実を知る入門書としては好著だと思うのだが、新書という体裁の限界からか、具体的なエピソードはそれほど多く書かれてはいない。
だが、石原のエッセーや詩、その生涯を知れば知るほど、彼らがそこでどのように生き、どのように生き残ってしまい、どのようにその後の日本を過ごし、なぜ沈黙したか、という過程を、個々人の真実を知りたくなる。
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