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『家族計画』(ディーオー)

[ 2008/11/10 ]

田中ロミオがかつて山田一名義で書いた作品。

ロミオ名義の『CROSS†CANNEL』や『最果てのイマ』はSFタッチの作品だったけど、この作品は現実の物理法則とそれほど乖離しない世界を舞台にした作品だった。
問題を抱えた7人の男女が緊急避難的に擬似家族をつくり、それぞれの問題に共闘して対処する、という設定で、その擬似家族内で営まれる生活や織り成される人間関係を描いた作品。
エロゲーであるから性描写はもちろんあるが、涙を誘う描写も多々織り込まれていて、泣きゲーの傑作としての評価も非常に高いらしい。
フォーマットとしてはやはりエロゲーで、問題を抱えているヒロイン達を主人公が救ってやる、という王道の構造から逸脱したものではない。

先行してプレイした二作品の核にあるのはいずれも「人は孤独である」ということの意味だったけれども、この作品では逆に「孤独ではないこと」の意味を描いたものだった。
発表年代順で言えば、こちらのほうが先であるから、田中ロミオの思想は「孤独である」と言う方向にシフトしたのかもしれない。
孤独か孤独でないか、なんて結局は状況次第のものであるから、別に普遍的に人間が孤独であるとも思わないし、孤独でないとも思わない。
ただ、「孤独」というのは個人の形を明確に浮かび上がらせる、と思わせる効果があって、ドラマにしやすく、感動を喚起するものがある。
『CROSS†CHANNEL』や『最果てのイマ』でも非常によくできていた「仲良し空間(というよりクローズドサークル内の人間関係)」の描写は健在で、それが、作中でうまくいっている時の楽しさと暗礁に乗り上げた時の寂寥感は、「孤独」の意味を考えさせる役割を存分に発揮していた。

で、孤独はもちろん、タイトル通り、家族の意味を描いた作品でもあるわけだが、その方向では社会学用語で言うところの定位家族と生殖家族、という問題はわりと無視しており、家族の意味、というよりはずばり「擬似家族」の意味という矮小化された場所への着地しかできなかったように思う。
その意味では『CLANNAD』なんかのほうがよくできているんだろうけど、作品自体の持っている強度としてはこちらも十分に強く、何がしかのインパクトは与えられた。
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