『後白河院』(井上靖) : 異常な日々の異常な雑記 QLOOKアクセス解析 アクセスランキング

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『後白河院』(井上靖)

[ 2007/12/20 ]


井上靖の文章はおそらく中学か高校の頃に国語の教科書で読んで以来なのだが、後年出版された『孔子』の出来があまりにもひどいと評判で、読むことはないのだろうな、と思っていたのだが、何の因果か読まなきゃならない羽目になってしまった。
読んでみたら意外に面白かった。

この作品は古代の貴族社会、天皇中心社会から武士の時代への転換期に最高権力者だった後白河法皇を、彼の周囲にいた人々の目を通して描いたもので、時代を集約した一個人の記録としては大変興味深いものだった。
保元、平治の乱から源平の戦い、鎌倉幕府成立までの激動期を宮廷中心に描いている。

天皇制というものを考えるとき、2600年(自称)の歴史の中でその時々の性格は異なるものだが、彼の権威が失墜してから明治維新まで七百年ものあいだ、日本史において天皇が中心になることはなかった。
すぐあとの後鳥羽上皇や南北朝の後醍醐天皇などの例外はあるものの、基本的には天皇は忘れられた存在だった。
しかし、700年も後になって復活することができるだけの力の淵源はどこにあったのだろうか。
そういう問題意識を喚起する作品だった。

井上靖の硬質で格調の整った文章や、後白河法皇の人間的魅力にも魅了されたが、全体としては天皇制という制度に常につきまとう不鮮明さがこの作品にも投影されていて、それがこの作品の魅力を高めているように思う。
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