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中村元 訳『ブッダのことば』

[ 2007/04/01 ]


原題はパーリ語でスッタニパータ。
仏教のあらゆる経典の中でももっとも古いとされており、ゴータマ・シッタータの肉声にもっとも近い言葉が収められている書の翻訳。

仏教を巡る言説というと、中国経由の漢字ばかりのお経や念仏を想起しがちだが、この本はわかりやすい言葉で記されており、理解するのはさほど難しくなかった。
むしろ、わりと当たり前の格言集のようなところがあり、拍子抜けさえした。
「犀の角のようにただ独り歩め」という言葉は有名だが、あのような使われ方だったのか、というくらいしか印象に残らない。

キリストや孔子やソクラテスがそうだったように、釈迦も自身で記した著作は存在しない。
しかも、釈迦は自身の教えを記録することを許さず、弟子にすべて暗記させたため、この書物が成立したのも釈迦の入滅後200年後、というから、どこまで正しい言葉が記されているやら微妙なところだ。

キリスト教をはじめ、神道やヒンズー教、イスラム教、ユダヤ教などの宗教の核は信仰なので、教祖の言葉が残っていなくても、その宗教の外側にいる身としては、ご本尊の由来がどんなものかを分かればそれでいい。
また、それらの宗教はわりとメインストリームの神学体系がしっかりしているので、戸惑うこともそれほどない。
だが、仏教の場合、その核にあるのは信仰ではなく、「解脱」やら「悟り」やらへの論理体系、プロセスである。
そのロジックをどのように理解するのか、という意味で、様々な解釈書は出ているけど、メインストリームのように見える中観派の思想がどこまで釈迦の思想の核を抽出しているのか、自分の目で確かめてみたい。

そういう視点から考えると不満ではあったが、こういうものだからしょうがない。
仏教は「正解」をみつけるのが難しそうだなあ。
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