東浩紀『動物化するポストモダン』 : 異常な日々の異常な雑記 QLOOKアクセス解析 アクセスランキング

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東浩紀『動物化するポストモダン』

[ 2007/03/04 ]

副題は「オタクから見た日本社会」とあるが、むしろ日本社会、日本文化におけるオタク系文化の位置づけについて論じた本。
ここ数年、ネットなどでよく見かけるオタク系文化について論じた文章は、けっこうな頻度でこの本を準拠にしていると思われることは知っていたが、なかなか読む機会に恵まれなかった。

東浩紀はもともと現代思想系の言論人で、デリダなんかの小難しい解説を書いていた人だが、そういうゴリゴリのアカデミシャンによって、オタク系文化の最深部ともいえるエロゲーの論考がわりと本格的に為されたのはこれが初めてでだと思う。
良くも悪くも、泣きゲーといわれる18禁ゲームに一定の文化的地位を保障する契機になったのではなかろうか。
別にエロゲーだけを語った本ではないのだが、ポストモダン的文脈の批評がどうこうというよりも、エロゲーをとりあげた、という事実のほうがエポックメイキングであるような気がする。

それから、「萌え要素」という概念の詳細な解説なんかは、萌えがよくわからん私には得心のいく記述だった。
ただ、それを一般化しすぎてはいないだろうか、という疑問もつくのだが、あのあまりにも愚かな内容の『ガンダムSEED』がヒットしたのは、萌え要素でガチガチに固めたキャラ設定によるものだ、ということを考えれば、彼の主張は正しいのかもしれない。

個人的にはエロゲーにおける感動の質について触れたくだりが興味深かった。
私自身、『カノン』なり『AIR』なりをプレイして、泣く事はないものの、感動する人の気持ちも理解できないこともなかったのだが、こういうゲームで泣くことと、『罪と罰』や『果しなき流れの果に』で泣くことの違いというのをもう少し詳しく書いて欲しかった。
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