岡崎京子「リバーズ・エッジ」 : 異常な日々の異常な雑記 QLOOKアクセス解析 アクセスランキング

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岡崎京子「リバーズ・エッジ」

[ 2006/09/18 ]

問題を抱えた高校生達のある意味、グロテスクな内面をとてもナイーヴに描いた作品であるが、まったく違うモチーフの「Pink」を読んだ時にも感じた印象と重なる部分がかなりあった。
彼女の一貫した強いスタイルに基づく作家性なのだろう。
言葉にしがたい拒否感と、否定しがたい儚さを感じた。
ので、いろいろ考えさせられた。

オシャレであることと、内実があるということを、いつのまにか、我々は分けて考えている。
オシャレであること、見栄えがいいということは大事なことではあるのだけれど、たとえば、新人のアイドルを見るとき「かっこいい」「かわいい」ととるか、「見た目はいいけど、チャラチャラしているなあ」ととるか。
前者は素直で、後者は鬱屈している。
前者的な態度の人にとって、岡崎京子的なものは等身大の共感を呼ぶと思う。
「チャラチャラしているなあ」という印象を抱いてしまう人間にとって、岡崎京子の作品は少しひっかかる。

あるいは、ロックミュージシャンが楽器を演奏している姿を見て「かっこいい」ととる場合、ギターの超絶技巧ソロやヴォーカリストの感情表現、ドラマーのセンスのよいフィルイン、ベーシストのバランス感覚。
そういったもの(もちろん、所詮、ロック、という保留もつけられるけど、ここではおく。模型や文筆、科学知識、運動能力でもいい)に「本物」を感じてしまう人もいくらかいる。
これは中身と「かっこいい」が両立しているパターンだ。
そういうものを価値の最上位に置いた場合、岡崎京子的なものに代表されるオシャレ感覚は鼻につく。

では岡崎京子に中身はないのか。否。
オシャレでいなきゃならないの悲しみ、先端でしかいられないことの悲しみなど、言葉にすると陳腐な、そういったものを抱えて生きていくしかない人々を、まさにオシャレに、そして繊細に描いている。
その虚構的な中身故にひっかかるのだけれど、でもそれが凡百の「先端であることの苦悩」を描いた作品とは違うからいろいろ考える。

そういうものを核にしている作家というのも幾人かいるのだけれど、彼女の方法論は少し特異な気がする。
身近な幸福追求の生活感覚に根ざしたモノローグの様式が最たるものだけれども、やはり目のよさなんだろうなあ。
登場人物たちが苦悩に無自覚なところ、あるいはそういう描写をいれずに憂鬱を描くことができる力量かなあ。

その目のよさを説明できないからこそ、彼女はいまだに忘れ去られないのだと思う。
ま、他のも読まんとわからないけど。
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