吉田秋生「BANANA FISH」 : 異常な日々の異常な雑記 QLOOKアクセス解析 アクセスランキング

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吉田秋生「BANANA FISH」

[ 2006/07/10 ]

吉田秋生は今回が初めてで、いろんな意味で驚いた。
大友克洋を思わせる描線で描かれた人物造形、ベトナム戦争から始まる物語の導入部分、作劇テクニックの引き出しの多さ、少年マンガ的な構成の整理のされかた、テーマの奥深さ、ディテールの積み上げ方、少女マンガの定石を外したラストなどなど、目を引く部分があまりにも多い。

アメリカの闇社会を舞台にした、驚異的な知能とカリスマ性を持つ少年の魂の救済を描いたハードボイルドアクションであるが、よくこんなもんが少女マンガ誌に載っていたものだ。

エンターテインメントとしても非常によくできているのだけれど、トラウマ、同性愛、共依存などの御馴染みのモチーフが登場するあたりはやはり少女マンガなのだろう。
核にあるものは少女マンガ固有のものなのだが、次々と現れる敵のレベルがあがっていく設定などは少年マンガのパターンをうまくとりいれている。
「BASARA」も男性が読める少女マンガ、という触れ込みでかなりの広がりを持っていたけれど、少年のテーマと少女のテーマの融合という意味では、はるかにこちらのほうが達成しているように思った。

そういえば、外国を舞台にしたトラウマ・クライム・アクションストーリーという意味で浦沢直樹「モンスター」を想起したのだけれど、アプローチの仕方が全然違うのに驚いた。
アッシュとヨハン・リーベルトのアナロジーはあまり、意味を為さないもんなあ。
核にあるものが「共依存」による救済か、自己実現による救済か、という違いだろうか。
トラウマ克服のベクトルが違うことで、こうも違うものが出てくる、というのは面白いな。
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