日渡早紀「ぼくの地球を守って」 : 異常な日々の異常な雑記 QLOOKアクセス解析 アクセスランキング

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日渡早紀「ぼくの地球を守って」

[ 2006/04/28 ]

浅いところだけ読んでいればいくらでもケチをつけることはできる。
設定のトンデモさ、よく泣く登場人物たちの底の浅さと類型的な心理描写、作画センスのダメダメ加減などなど。
だが、そういうダメダメなところをモチーフや足場にして語られるテーマはそれなりに普遍性を備えたものであり、作品を貫く底流は侮れないものがある。


かつて「ムー」などのオカルト雑誌の投稿欄に、その筋の少女達が「転生した同士」を集める、という現象が多々みられたらしい。
この作品ではそのエピソードをモデルにしたことで「転生少女」達を一悶着あったそうだが、その種の「大海を見てしまった井の中の蛙」的な少女達の現実逃避した琴線にひっかかるものあったのだろうが、それが何なのかを考えながら読んでいた。

前世ネタのいかがわしさと求心力は重要だが、今さら確認するつもりもない。
記憶の異物というモチーフに自我崩壊の快感と心理学ブームの前衛としての魅力があったことも重要だが、それと共に、不用意に「心」を解き明かしてみせようとするアカデミックな心理学に対抗する手段としての魅力もあったのだろうか。

な~んてことも考えたけれど、結局、その種の現実逃避に無縁な私には理解できる範疇のことではないな。


ただ、実際に「ムー」に投稿した人間でなくても、底辺としてこの作品を支えた人たちの多さは目を見張るものがある。
誰の心にもそういった「イタイ」ものは潜んでいるわけで、それを慰撫する、あるいは鼓舞する力としてのモチーフの特異な魅力をつくりあげた手腕は評価しなければならないのかな、と感じた。
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