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浅田彰「逃走論」

[ 2005/12/13 ]

刊行は84年。
ドゥルーズ、ガタリ、デリダ、レヴィ=ストロースなどの現代思想の解釈が手を替え品を替え語られている。
スキゾ、パラノという流行語を生み出した、と言っても、今、どれだけの人がその言葉を知っているだろう。
マルクスを真面目に論ずることも難しくなってしまった現在、生モノである本書を読んでも、そのタームの難解さに空虚を覚えるだけだった。

吉本隆明や埴谷雄高、あるいは丸山真男、福田恒存などの本が真面目に読まれていた時代があった。
その種の知性が有効だった時代の残滓、という印象のみが強く残る。
今読むと恥ずかしい表現や文章がほんとに多い。

現実をほとんど度外視してテクストの注釈だけで突っ切る言説はこの種の現代思想では当たり前のことなんだけれど、やはり、読んでいて得るものが少ない。
これを読んで現実的な行動に何らかの反映がなされるか、というと疑問だ。
バブル的な価値観を準備した書物として語りなおすことは可能かもしれないけれど、ドゥルーズにしろガタリにしろ、所詮は西欧的な人間観、国家観、哲学のもとでしか発言をしていない。
普遍性を獲得していないのだ。
いったい誰に向けて語っているのだろう。

「ヨーロッパ近代の終焉」という言葉が世に出てから久しいが、それはマルクスを頂点とする左翼イデオロギー全般の後退を指す。
マルクス主義は現代の政治にも確実に浸透しているし、意義があったことは認めるけれども、結局のところ、テクノロジーの充足なくしてイデオロギーの達成は成しえない、とする考え方からいくと、今のテクノロジーで達成できる以上のイデオロギーの充足を求めることは無意味ではないか、と考えてしまう。
その先を考えることも重要だが、橋頭堡があやふやなまま、あるいは橋頭堡が崩れてもなお、その種の言説を弄することにどれだけの意味があるのだろうか。

この本の内容よりも、その背後にあるイデオロギー全般に関してのことばかり考え込んでしまった。
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