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『永遠の0』(百田尚樹)

[ 2011/07/12 ]

現代のある姉弟が、第二次大戦時、零戦のパイロットだった祖父の話を戦友達に聞いていくことで浮かび上がってくる祖父の意外な人物像を追っていく上で、彼ら自身のありようを問い直していく物語。

零戦ファンというのが世の中には一定数いて、そういう人たち向けの作品なのだろうな、という印象だったのだけれども、レビューを読む限り、どうもそれだけにとどまらない感動大作である、というのが様々な感想、批評サイトで話題になっていた。

作品の構造としては、主人公である宮部久蔵は戦友たちの話の中にしか登場せず、彼らの証言の中から浮かび上がってくる人物像を読み解いていく、という形式で、有吉佐和子の『悪女について』に近しいものを感じた。
『悪女について』は素晴らしい作品で、読書中、語り口の巧さには何度も舌を巻き、魅了された。
この作品では、戦友たちの話から浮かび上がってくる宮部久蔵の人物像は「臆病者」であったり「優しい人」であったり、「凄腕のパイロット」であったり、「愛妻家」であったり、なかなか本質が見えてこないように見せかけていて、『悪女について』の形式を(意識的にかそうでないかはわからないけれども)踏襲しているにも関わらず、かの作品で練られていたような文学的技巧というのは実はそれほど感じられなかった。
もちろん、扱っているテーマが『悪女について』とはまったく異なるので、どちらが優れた作品、などという無粋なことは言えないけれども、こういう形式の作品ってそういえばあまりないな、と思ったので言及してみた。
語り口の巧さではたしかに『悪女について』にゆずるが、この作品でも、その形式が見せる醍醐味を存分に堪能することができた。
もっとこういう形式の作品が多数あってもいいと思う。

第二次大戦を扱った作品、というとどうしても思想的な色がついてしまうのだが、この作品ではやや愛国的な色合いが感じられるものの、どちらかといえばその主眼は零戦パイロットがどのような存在であったか、特攻隊員たちがどのような気持ちで任務についていたのか、というところに置かれている。
娯楽小説ならではの興奮が零戦の格闘戦描写によく出ていたが、戦争の目的やその是非についてはほとんど言及されておらず、戦争を遂行、指揮していた官僚機構、軍隊そのものに対する強い批判が感じられた。
自衛隊はともかく、現在の官僚機構のデタラメさに対する憤りは作中でも触れられていたが、日本の統治機構はいつからダメになり、いつまでダメなのか、きっちり検証する必要を強く感じさせられた。

考えるところはいろいろあったし、身につまされる思いもいろいろさせてくれたけれども、でも、何よりも心に残ったのは戦前の若者達の生と死の間で翻弄される心の揺れかただった。
特攻という、決して逃れられない死への道程をどのような心理状態で克服していったのか、どうやって特攻に臨んでいく自身の恐怖をねじ伏せていったか、という描写だった。
その描写の丁寧さがこの作品を傑作にしていると思う。
日本人は、本当に、なんという愚かな戦争をしてしまったのだろうか。

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