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はやく人間になりたい

[ 2014/03/26 ]
我々は法治国家に生きているので、我々が人間であることは法律によって保証されているわけです。
物理法則によって人間であることを保証されているわけではないのです。
水素原子2つと酸素原子1つの結合したものが水である、というような明快さは人間存在には求めようもない。
とりあえず、生物学的にホモ・サピエンスなら人間として扱っていいだろう、と思うんですが、時代や地域、あるいは人によっては人間を人間として扱わない、というのはごくありふれた現象です。
「お前なんか人間じゃない」とか「人間やめますか」などというフレーズは耳にしたことがある人は多いだろうし、『人間失格』という古典小説もあります。
人間性を疑われることなどしょっちゅうですね。
意外に、人間でいられることのハードルは高いものです。

かつて奴隷は人間ではなく、所有権を主張できない、逆に主張される「もの」として扱われてました。
法律もその時代や社会の価値観に左右されるところが大きいので、何が人間か、という判断も変わってきます。
何かを擬人化したりして、ものをあたかも人間のように扱ったりすることもありますし、愛玩動物への思い入れは人間以上のものだったりするケースも珍しいことではありません。

我々が今現在、人間として扱っていないものが人間、あるいはそれに準じるものとして扱われるようになる契機ってこれから先ありうるとしたら、それはどんな手続、段階を経るのかな、と。
古典SFなんかではロボットの権利みたいなのが描かれたりしていますね。
人工知能の発達によりやがて自我を持つコンピュータプログラムが現れた時、それとどう付き合っていけばいいのか。そういう思考実験はよく行われているんだけど、現実社会を見渡してみると、まだまだコンピュータプログラムの人権だの二次元美少女の人権だの、という議論が実務論としてあがってくることはないでしょう。

でも、それと近い案件では、動物をどのように扱うか、という問題があるように思います。
中世ヨーロッパでは動物裁判なんてのがあって、裁判の被告席に犬や豚が座っていたこともありますしね。
インドでは牛が神聖な動物として崇められてますし、欧米諸国はイルカやクジラを食す我が国の文化を執拗に攻撃してきたりします。
それらの動物のどこかに「人間性」の片鱗を幻視してしまうものなんですよね。
「イルカは知能が高いから殺してはいけない」などという言説はその最たるものでしょう。
動物愛護法ってどこの文明国にもあるでしょうけど、保護されない動物や、逆に過剰に保護される動物もいたりして、そこら辺の価値判断の差異や、価値判断の変遷を考えるのも興味深いです。

黒人や女性や子供の権利が増大したのもそうした価値観の変遷によるものです。
そういう意味で、「人間の範囲」って拡大し続けているんで、100年後くらいには得体のしれない「もの」が人間としてでかい面をしていることもあるかもしれないな、という妄想。

関連記事:我々はいつから人間になり、いつまで人間でいられるのか


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[ 2014/03/26 ] 考察 | TB(0) | CM(-)
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