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「安心」と「安全」が日本社会を破壊する

[ 2014/04/11 ]
アベノミクスでやっている公共事業は耐震強化だったり護岸工事だったりで、そういう土建に関してはまあ、今までも散々批判してきましたけど、建造物の耐震基準、安全基準を上げたって死ぬときは死ぬわけで、もう20年前の基準でダメなら諦めて死ぬしかないと思うわけですよ。
20年前の人間だって、20年前の基準で生きていてそれで社会は滞り無く運営されていたわけですから。
防災意識は大事なことだけど、大事だからって1年365日避難訓練しているわけにはいかないわけだから、どこかで諦めなければならない。
借金を過剰に積み上げてまで、あるいは健全な経済活動を阻害してまでやれるほど今の日本は財政的にも経済的にもゆとりはないだろう、と。
そういうところに金を使うくらいなら減税するなり少子化対策に金を回すなりしたほうが、よっぽど自殺者の減少や景気の回復、社会の持続性の向上に寄与するところが大きいと思うんですがね。

同じことは不審者情報をやたら広宣流布し、犯罪報道を大げさに繰り返し報道し、防犯意識を高めることで監視社会化の道を驀進している状況にも言えることです。
事件報道ってほとんどただのエンターテインメントでしかなくて、それが報道されたって我々の生活に直接影響のある事例なんかごく僅かなものでしかないんですけどね。
伝えなければならない社会問題、政治課題などはいくらでも転がっているのに、そういうのを無視して、犯罪者予備軍をでっちあげて国民が相互監視することがごく自然なような社会になっています。
防犯意識ももちろん大事ですが、日本は何十年も前から治安だけは世界で最高と言ってもよいくらいに平和な国なので、そういうところに神経使っても費用対効果は薄いです。
時に凶悪事件も起こったりするけど、それを根絶することなど不可能だし、むしろ凶悪事件の発生率は戦後一貫して低下しているのに、そんな中で集団下校になったり、監視カメラが増えたり、不審者情報を垂れ流したり、という状況を看過しているのは、我々がマスメディアに毒された結果でしかありません。

関連記事:気違いは囮だ! 騙されるな!
関連記事:不審者が量産される社会

命は銭金の問題じゃないだろう、という声も聞こえてきそうですが、銭金の問題ですね。
個々人にとってはもちろん銭金の問題じゃないけど、国家レベルの政策を考えるときに銭金の問題じゃない、と言える問題は何一つありません。
我々が何かをやろうとするときに利用できるリソースって銭金(に換算できるもの)と時間と個々人の固有の能力ですから。
特にマクロのレベルでは銭金と時間の配分、というのは常に考慮に入れないと話にならない。
採算度外視な防災意識、防犯意識の高まりが、土建偏重、監視社会化を進行させ、社会の持続性の維持向上に割かれるべきだったリソースを食い荒らしてしまったために、日本は衰退しているわけです。
まあ、原発とその付随施設に関しては耐震基準の見直しは必要だと思いますけどね。あれがいかれたら社会の持続性もクソもあったもんじゃない、というのは福島の一部地域の惨状とその後の日本社会の混乱ぶりを見れば否が応でも認識せざるを得ないところです。
というか日本で原発なんてやるべきじゃなかった。
あとはむしろ壊れること、倒壊することをある程度覚悟した上で社会設計したほうがいいです。
その程度にはみんな諦めて生きていきましょう。

防犯意識も防災意識もそれが刺激されなければ発露することはないわけです。
我々はマスメディアの報道によって常にそれを刺激され続けているわけだけど、じゃあどのレベルまでやるべきか、どのレベルで妥協すべきか、というのはもう少し議論されてもいいような気がします。
更に言うなら、そういった情報に接することで無意識のうちに我々の中に育まれてしまった防災意識、防犯意識が逆に現実社会にどのような影響を与えているのか、という視点、検証も必要です。

何度も繰り返し述べてきましたけど、日本社会が投入すべきリソースって少子化対策以上に重要なものはないですよ。
我々の社会は出生率が2.0以上にならなければ持続させていくことは出来ません。
このままの状態であればどんどん社会を縮小していかなければならなくなる。
さらに、高齢者医療、福祉、国債償還、採算が取れないのに維持しなければならないインフラのためにどんどん増税していかなければならなくなる。
そんな状況なのに若い人たちが子供が欲しいと思わないのは、子供を持つことによって奪われる人生のリソースが多大なものだからです。

防犯やら防災やらに傾けるリソースを何故、少子化対策に向けないのか。
それは我々が地震や犯罪を恐れる以上の恐怖感を少子化に対して感じていないからです。
なぜ感じないのか。

阪神大震災や東日本大震災のショッキングな映像はとてもわかりやすかった。
犯罪事件で報道されるストーリーはとても興味深い。
少子化して困ると言われてもそれを印象づける映像がなければニュースにならない


そういうことなんでしょうね。
個々の事例はいずれもそれなりに対処が必要なことではあるんだけど、身の程知らずな「安心」と「安全」は逆に我々の社会を壊す結果にしかならない、ということはもっと多くの人が知ったほうがいい。
ほとんどの人間は何が問題か、ということをマスコミの報道やネットでの声の大きさによってしか判断することができません。
でも、自分の頭で多少なりとも考えれば、国家が採るべき政策としては防犯や防災など些細な問題に過ぎない、ということは自明であると思うんですがね。

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