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尊厳死法案提出ですら、盛り上がらない日本人の死生観

[ 2014/05/07 ]
先日、安楽死を導入しろ、という記事を書いたら、うちのブログにしてはそこそこ反響があって、わりと好意的な意見も寄せられていたんだけど、いろんな人が声をあげればいいと言ったのに、どこのブログもその後、安楽死について記事を書いたところはなかったみたいですね。

安楽死の議論はいつになったら実務論に上がるやら

まあ、そんなもんだよな、と思っていたら、10日ほど前に尊厳死法案が今国会に提出、というニュースがあって、多少は人間の死生観に関して、この国も進歩が見られたようです。

尊厳死法案 今国会提出へ 採決では議員の死生観尊重 産経ニュース
議員連盟会長ら、尊厳死認める法案について議論 読売新聞

尊厳死と安楽死はまた別のものですが、それでも自発的な死の欲求にたいして制度としてそれを受け入れることができるようになるのは前進かな、と。ぜひとも可決されてほしいものです。
でも、このニュースも特に話題になっているわけではなくて、やはり死のあり方についての日本人の意識ってそれが賛成であれ、反対であれ、低いんだな、という印象を持ちました。

私は前回記事では遅くとも30年後には積極的安楽死を法制度化していてほしい、と書きましたが、もちろん、早ければ早いほどいいに越したことはないわけで、安楽死に関して声を上げる人が多ければ多いほど、その実現も加速するでしょう。
たとえば、団塊世代の人たちというのは現在、60代半ばであるわけで、あと10年もしたら後期高齢者になって、本格的に身体が動かなくなってくる人も増えてくるわけです。
身動きできなくなるまで自活していつの間にか衰弱死、腐敗臭が話題になって遺体発見、なんて状況がこれから先どんどん増えていくだろうな、ということは容易に想像できるし、実際現状でも老人の孤立死は社会問題化していて、そういう状況が加速してくのは目に見えているわけですが、そこら辺、当の団塊世代の方たちはどう考えているんでしょうね。

団塊世代って数は多いけど、今のネット社会においてはサイレントマジョリティで、個々人の本音みたいなのがまとまった声としてあがってこないのでよくわかりません。
ネットでまとまった政治的な声というとブラック企業への怨嗟の声だったり、脱原発だったり、韓国への反発だったりで、その主体は20~40代がメインでしょう。
消費の傾向とか、投票行動とか、その世代の著名人の発言とか、身近な人の行動、発言とかでもって団塊世代のステレオタイプを我々はイメージしているわけですが、団塊特有のイシューみたいなのってそういったイメージを想定したマスメディアの主導でしか形にならない。
そして、そのマスメディアが形成したパブリックイメージを見て、我々は団塊世代を論じ、また当の団塊世代もそのパブリックイメージに囚われる。

マスコミで話題になるのは若者の○○離れですが、そういう若者の声なんて今やネットでいくらでも拾えるから、高齢者層の声こそ聞かせて欲しいです。
世論調査すれば、今でも安楽死を望む声は多かろうと思うのです。
安楽死を!と切実に願う声は若い人たちよりも多いだろうと思われるので、是非とも声をあげていただきたい。
まあ、実際のところはどうかわからないですけどね。
ただ、国民的な意識調査は是非ともしてほしいところです。

安楽死の法制度化に反対する声は大概、実現困難な理想論を前提としたものだったりするわけですが、そうした理想論にとらわれている間に現実問題として苦痛な生を味わっている人々はいくらでもいるわけですよ。
叶うはずもない理想論に固執して、それを他人の人生にまで押し付け、地獄の責め苦を味あわせてそれでも構わないとするような人間は偽善者と呼ぶほかないように思うのですがね。
安易に誰でも安楽死、とはいかないでしょうし、その運用には細心の注意が払われる必要があるかと思いますが、医療の野放図な発展がそれでも不老不死を実現できない以上、あるいは地上が楽園でない以上、次善の策として容認されてしかるべきかな、と。

もちろん、安楽死の議論だけが先行するのは健全ではないと思いますし、この地上を多少なりとも住みやすくしていかなければならないことは言うまでもないことですが。

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