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処女の苦しみとおかしさ

[ 2014/07/04 ]
もう10年近く前になるが、mixiで、これからはレズをテーマにしたフィクションがも少し脚光を浴びるんじゃないか、という予想を書いたら、それから2,3年のうちには「百合」というキーワードがオタク文化圏の覇権を狙うまでの地位に成り上がった。
2005年時点でもいくつかの萌芽を見ることはできたのだけれども、まだ当時、百合はほとんどの人にとって意識されていない趣味だった。

私は当時、百合、レズ文化がゲイ、やおい文化に比してそれほど認知されていない理由として、

同性愛を権利として主張するだけの社会的地位を男性が長いこと独占していたことが、文芸としてのレズ作品の成立を遅らせた。
これは体現媒体としての不成立の原因。
また、恋愛そのものに対する男性の想像力の貧困が、鑑賞媒体としての女性同性愛作品の不成立の原因だろうか。

レズ文化の需要

と書いていた。
女性の同性愛が、「この私」の問題として共感を訴えかけうるケースが少ないのは何故か、あるいは娯楽としても鑑賞されるケースが少ないのは何故か、という問題。

男性同性愛は、どちらのケースでも文化の中に一定の立ち位置を占めることができていた。
もちろん、それだって各時代各地域によって、様々な弾圧や制約や相違があったわけではあるが。
それでも相対的には、男性の同性愛は実存の問題として、娯楽の対象として、認知されてきた歴史の厚みは女性の同性愛の歴史よりずっと豊かである。
そういう認識ががらりと変わって百合妄想がメインストリームで氾濫し始めたのは『らき☆すた』がヒットしたあたりからだろうか。
どちらかというと実存の問題を扱った百合(というかレズビアン)作品はまだ少ないと思うけど、それでも百合作品が好きな女性、実作者として百合作品を描いている女性もいるので、「ニヤニヤ」することを前提としつつもそこに実存の問題を多少は絡めて受け止めている人はいるだろう。

現実の願望や実態の写し鏡であるフィクションの世界では、現実の人々の意識がある程度反映した形でキャラクター、人間が描かれる。
女性の同性愛が頻繁に描かれるようになったのは女性がそれだけ社会性を獲得し、男性の恋愛面における想像力が多様化してきたことと無関係ではないだろう。


さて、性に関する実存の悩みというと、もちろん、同性愛だけではない。
人間にとって、性体験の有無というのはそれなりに大きな問題で、童貞であることをコンプレックスとして、その克服やおかしみをテーマにした作品は数限りなくあるのだけれども、処女であることをコンプレックスと捉え、その克服やおかしみをテーマにした作品は少なかった。
ところが、ここ数年は高齢処女を描いたマンガというのも増えたきたようで、この分野においても女性の性の問題が表面化し、論じられる、興味を持たれる主題として立ち位置を確保するようになってきたようだ。

童貞以上に大変!? “高齢処女”マンガが増えている! ダヴィンチNEWS
47歳で男性経験がありません・・・ 発言小町

さすがに高齢(素人)童貞を驚愕のユーモアとペーソスでもって描いた『最強伝説 黒沢』級の作品はまだ出てきていないと思うけど、たとえば数年前には『ゴクジョッ。』という女性版『稲中卓球部』とも呼べるような下品な下ネタメインのギャグマンガがスマッシュヒットしていたので、いずれは『黒沢』級の作品も出てくるのかもしれない。

閉経処女を主人公に据えたコメディというものが成立し、支持を得る、ということはあり得るだろうか。
そこら辺を「共感を伴える笑い」として描けてしまったら、わりと性に関するそれなりに普遍的な実存の問題は描き尽くしたと言えるのかもしれないなあ、とふと思った。
テーマがなんであれ、それが共感を呼ぶものであれば、そうした境遇にいる人たちを慰撫し、彼ら彼女らの行き場のない自我を吸収し、幾ばくかの救済を届けることができる。人生に意味のようなものを見いだしうる契機、補助線になり得ると思うのだ。

関連記事:世界初の百合小説はドストエフスキー
関連記事:腐女子は百合厨に嫉妬しないのか

最強伝説黒沢 1 (ビッグコミックス)ゴクジョッ。 ~極楽院女子高寮物語~ 1 (ヤングジャンプコミックスDIGITAL)ヴァージニア性別が、ない! (1) (ぶんか社コミックス)





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関連記事

[ 2014/07/04 ] 文化 | TB(0) | CM(-)

集団的自衛権に対する立場を7分類&観念的平和論と個別的平和論

[ 2014/06/28 ]
安全保障、集団的自衛権の問題は議論百出でしょうが、いろんな人の立場を整理すると

1 現行憲法と現行解釈絶対厳守。安全保障は既存の枠組で十分。集団的自衛権はとんでもない。

2 現行憲法は守るべきだが、安全保障の選択肢も確保したいので集団的自衛権行使も容認してかまわない。

3 法治国家としての整合性と自衛隊の追認という意味で改憲には賛成だが、法治国家としての整合性をさらに歪めることになるので、集団的自衛権行使の解釈変更には反対。

4 法治国家の整合性を厳密には問わない。現状でも整合性は曖昧であるし(もちろん建前として、制度として、整合していることにしているが)、安全保障の選択肢を拡大する重要性は優先順位が高いから、解釈変更断行。そしていずれは憲法そのものも改憲。

5 (改憲にしろ護憲にしろ)安全保障の選択肢自体が拡大するのはいいかもしれないが、それを運用する政治家がまったく信用出来ないし、予想される運用自体も米軍の使いっ走りしかないだろうから、集団的自衛権の解釈変更には反対。

6 よくわからないが政府がやるなら問題ないだろ

7 なんとなくまずいと思うけど、しょうがない



この7つくらいに分かれるんでしょうか。ややこしいですね。
私の立場は安全保障の選択肢を性急に拡大するよりも、法治の論理とシステム、実態を整合的なものにすることに重きを置いているので3です。ただ、まあ頭ではそうなんだけど、実際には7ですね。それより少子化対策と長時間労働の規制と安楽死の実現を……という立場なので。優先順位の問題。


ところで、世論調査見ると世間の人たちの半分以上はなんだかんだで護憲派ではあるみたいです。
安全保障の話になると常々思うんですが、護憲派の人たちの多くは自衛隊を追認していますが、そこに欺瞞と不誠実さは感じていないんでしょうか。
ちょっと9条を引用してみましょうか。

1 日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。
2 前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。


解釈で整合性を保っていることになっているけれども、これ、現状はまともに考えたらどう考えたって違憲状態です。

憲法変わったからといって「戦争をしなければならない」わけではありませんし、交戦可能な憲法を保持している国家(日本以外のほぼ全て)でも長期にわたって現行憲法下の日本以上に軍事力を行使していない国はいくつかあります。

だから、私は普通に考えて憲法は改正したほうがいいと思っています。
それで自衛隊の位置づけをきっちり実態に則したものにする。
戦争も必要ならすればいい。
必要じゃなければやらなければいい。
そして、おそらく戦争の殆どはやらないほうが良い戦争です。
やらなくていい戦争を国家がやろうとしたら、その都度、反戦運動をするべきです。もちろん、徴兵制の復活に関しても断固反対運動をやればいい。
それが法治国家としてもっとも筋の通った話じゃないでしょうか。
観念的平和論よりも個別的反戦論。
まあ、これも夢想でファンタジーですね。他に言っている人あまり見かけないし。

でも、そういう法治の整合性をすり合わせる、というのがファンタジーでしかないってのも何だか嫌ですね。
今回のところは、現実的には1の人たちと4の人たちの攻防戦になっていて、一番多いのは7の立場の人たち、というところでしょうか。

関連記事:9条堅持のリアリズムとリアルとファンタジー


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[ 2014/06/28 ] 考察 | TB(0) | CM(-)

The Beatles『Let It Be』を聴こう

[ 2014/06/26 ]
ビートルズの楽曲なんて、何を取り上げてもベタにしかならないので思いっきりベタな曲を。



ポール・マッカートニーはソロでも絶大な足跡を残していて、偉大なカリスマとして広く認知されていますが、個人的にはソロになってからのポール・マッカートニーってあまり好きになれなくて、ソロアーティストとしてならジョン・レノンのほうがずっと思い入れがあります。
でも、ビートルズ時代の楽曲を比較すると、ジョンの楽曲よりポールの楽曲の方が好きなナンバーが多いんですよね。不思議。

中学生くらいの時に赤盤と青盤が初CD化したんだっけかな。
私がビートルズをちゃんと聴くようになったのはそれがきっかけです。
あんまり世間が騒ぐんで、じゃあということで買って聴いてみたら、どれもこれもどっかで聴いたことある曲ばかりじゃん、とえらく驚いたのを覚えています。
後に中森明菜や吉田拓郎やストーンズのベスト盤を初めて聴いた時にも似たような驚きを体験していますが、さすがにビートルズほど知っている曲ばかりじゃありませんでしたね。
20代半ば過ぎてからはそういう驚きに遭遇する機会って随分減ったけど、あの感覚っていいです。
記憶の片隅にはあったんだけど、特に意識していなかった曲が急に身近になって好きになってしまう、というケースが立て続けに起こる感覚。

そういや、以前、三大ゴスペルロックってことでQueenの『Somebody To Love』Zenoの『Love Will Live』Dream Theaterの『The Spirit Carries On』を挙げたんだけど、この『Let It Be』もゴスペル入っていますね。四大ゴスペルロックとしておきましょうか。


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[ 2014/06/26 ] 音楽 | TB(0) | CM(-)
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